46. 彼女の勇気
俺も驚いたが、さらに驚いていたのはジゼルとトリスタだった。
二人とも呆然、と言っていいほどの表情を浮かべている。
雰囲気から察するに、ココがご両親に向かって大声を上げる、ということが信じがたいことなのだろう。
「……発言していいと許可を出しましたか? ココ」
お母さんが振り返りもせずにそう告げた。
ああ、大声どころの問題じゃなかった。発言すら許可制らしい。
声を上げただけで、ココはもう過呼吸気味で、顔は土気色をしていた。
改めて、ご両親はくるりとこちらに向き直った。今度は途方もなく冷淡な目をして。
不満そうな顔ですねココ、とお母さんは言った。
「あなたが我々、里長に許可も得ず、里を出て行った時点で、里でのあなたの地位は失われました。もう居場所はありません。
本来、我が里は隠れ里。無断で世に出て行くべきではありません。幸いにしてこちらの勇者様が本当に魔王を倒せたから、里の者たちはあなた方を賞賛したでしょうが……あくまでそれは、結果論でしかない」
おっしゃっていることはよくわかる。
RPGの場合は当然、プレイヤーが操る「勇者」は主人公なのだから、いずれは勝利する「本物」であるとわかりきっている。
登場人物たちは誰もかれも、彼を信じて家族や友人、恋人を預けてくれるだろう。
しかし、実際に「勇者」を名乗る存在の人物がいたとしたら、どうだろうか。
そんなの、「本当に魔王を倒す偉大な人物」なのか、それとも、「魔王を倒すと宣言しているだけの山師」なのか、区別のしようなんてない。
むしろ、後者である確率の方がはるかに高いはずだ。
そんなのに娘がついて行く、と言い出したら、普通の親でも心配するだろう。「俺てっぺんとるから」と言っているシンガーソングライター志望に娘がついて行くのと大差ない。
まして、ココの親はどうやら、普通の親ではないのだ。
「お前は……」
今度は父が口を開く。
「どれだけ教えても、ろくに魔術が身につかなかった。だがそれはいい。そういう者は稀に生まれる。
里長の娘ということもあるから、素直に過ごしていればこの里から追い出されるようなことはなかったろう。
問題は、海の物とも山の物ともつかぬ輩に付き従って、我々の言葉を無視し、里を出て行ったことだ。
実際に魔王を退治したかどうかなど、さしたる問題ではない。里を出てから強い魔術を身につけたことなど、瑣末なことだ。
決まりごとを破壊し、逆らったことが問題なのだ愚か者」
そして今日、堂々と勇者を連れて里に戻ってきたあたり、お前は何もわかっていないようだ、と父親は心底うんざりした調子で述べた。
「さて……お前はこの上で、私たちに何か言いたいことでもあるのか? 言うなら早くしろ。時間の無駄だ」
およそ親子とは思えないような言葉を、父親は連ねていた。
こういうとき、素直に怒りを表明できるのがヒーローなのだろう、と思う。
前の世界では、しかし一度として口を開くことはできなかった。
それは俺に勇気がなかったから、俺に力がなかったから……だと思う。言い訳にしかならないけれども。
でも今なら、俺には少なくとも力はある。
俺は立ち上がって、両親に一言言ってやろうと口を開きかけた。
だが、先に立ち上がったのはココの方だった。
「私は……許しを請うために来たのではありません。再び里に迎え入れて欲しいわけでも、私のやったことを認めて欲しいのでも。私は、このことを伝えに来ただけです」
そう言って、ココは俺の手を取った。そして言った。
「私は今、この人を愛しています。だからもう、お父様とお母様に見捨てられても何も怖くありません」
そして彼女は、両親に向かって微笑んだ。




