45. 両親
「勇者様。ようこそ我が家へお越しくださいました。娘がお世話になっております」
夫、つまりココの父親が丁重に頭を下げて俺に礼を示した。
歳は五十くらいだろうか。
二人とも、厚い魔導着、とでもいうのか、魔法使いの服を身につけていて体つきは判然としない。
どちらも共通して無表情で、歓迎の言葉とは全く見合わない。
「先ほどのご活躍は、こちらから拝見させていただきました。流石の見事な立ち居振る舞い、恐れ入ります。我が里を守ってくださり、里長として感謝いたします」
「はぁ……」
なんとなくだが俺は、この二人ならあの程度のドラゴンは簡単に駆逐できるのだろうな、と思った。
この口先だけの感謝からも、その余裕が伝わってくる。
お母さんの方が、ココを斜め見ながら言う。
「娘は日頃から、勇者様にご迷惑をおかけしていることでしょう」
「いえいえ、そんな。大変お世話になっており……」
ついサラリーマン時代の癖でペコペコしながら社交辞令を口にしそうになるが、隣にいるココの様子がおかしいことに気づいた。
膝の上に両手を握りこぶしにして置き、床を見つめたまま、彼女は微動だにしない。
恐怖に震えているとかでもなく、なんだろう、諦めたような表情のままだった。
ここに来るまではあんなに一生懸命で、一刻も早く俺、というか勇者を両親に合わせたい、なんならもう、結婚の許諾を得たい、ぐらいの勢いがあったのに。
俺はてっきり、ご両親にあったが最後、秒速で結婚の話になって即刻結納、式場予約ぐらいまで行くのかと思っていた。
だが、彼女は……例えて言うなら死を覚悟した人みたいな顔をしていた。いや、そんな人今までの人生で見たことないけど。
でも、本物の諦念というのはこういうのを指すのだろう、と感じた。
自分にはどうにもならないことがあるんだ。
どれだけ頑張っても、何も変わらないこともあるんだ。
もうあとは受け入れるしかないんだ。
という感情、とでもいうのか。
父親は、口元をニッコリと微笑ませて言った。
「私も、しばらくぶりに娘に会えて、嬉しいですよ」
「ココ、何か言ったらどうなの?」
母親にそう言われて、ココは力なく顔を上げると、笑みを浮かべ、
「はい、私も魔王を退治し、ようやくお父様お母様とお会いできて幸せです」
と言った。
いや、言わされたのか。
父親は感慨深そうに言葉を継いだ。
「……娘は、この地を出るまでは、全くもって魔術を使えない子でした。里長の家に生まれながら、果たしてこれから、どうやって教育していったものかと。私共も力足らずで、日々悩んでおりました。そんな時に勇者様が、この娘を連れ出して、世界で修行させてくださり、おかげさまでこれほどまでに成長いたしました」
母親も、感慨深そうに頷いている。感慨深「そう」に。
ちなみにご両親はまだ、席に座ってすらいない。
父親は穏やかに話を続ける。
「本当でしたら、我々も家をあげての祝宴を開くべきなのでしょうが、あいにくと支度もできておらず。申し訳ありません。また次の機会にでも、ご一緒できれば」
「……ええ」
俺は、小さくうなずきながら言った。
「ぜひ、この里でごゆるりとお過ごしください。それでは我々は、これにて」
ご両親は同時に微笑み、そのまま、部屋から立ち去ろうと俺たちに背を向けた。
ジゼルは俯いたまま、トリスタは天井あたりをぼんやりと眺めたまま、口を開くこともない。
俺も、何も言えないままだった。
「お……お父様! お母様!」
唐突に、ココが大声を出した。




