44. 勝つだけならはっきり言って
勝った。
細かい説明は色々すっ飛ばすがとにかくドラゴンは無事倒せた。
驚くほどあっけなく。
もちろん、間に色々とハプニングはあった。
突き刺さった途端にドラゴンが痛みで暴れ出し、背中に乗ってた魔族のおっさんが吹っ飛ばされて近くに生えていた木の先端に綺麗に引っかかって叫び声をあげ始めたり。
なんとか首の神経を絶ったと思ったらトリスタが「ごめんごめん、ドラゴンには腰のあたりにも神経の束があるの忘れてたわ」などと言い出して大急ぎで腰回りまで走って行ったり。
ドラゴンの腰のあたりには苔や岩のようなものが張り付いていてやたら滑りやすくて激しくコケたり。
ようやく刺すべき第二のポイントを見つけたと思ったら怖がった魔術師の誰かが迂闊に攻撃を仕掛けてしまい、暴れ出したドラゴンが危うく里に突撃しそうになったり。
お世辞にもスマートにことが進んだとは言い難いが、とはいえ、勝ったは勝った。
ドラゴンは倒れ、ピクリとも動かず、顔紫の魔族のおっさんは魔術師たちの魔法の縄によって後ろ手に縛り上げられこちらもピクリとも動かない。
ドラゴンは各パーツからいろんなレアな魔術の用具を作ることができるということで、なかなか喜ばれた。
魔族のおっさんは使い道がないということだったが、処遇については任せてください、と里の人々に言われたので、もう忘れることにしようと思う。
そして俺たちは、めでたく里長の家、つまり、ココの実家の中の応接室に座っていた。
想像以上に贅を尽くした屋内だった。木の上にある木でできた家の中だというのに立派な暖炉があり、外の暑さを微塵も感じさせない。
またしてもトリスタが脱ごうとし始めたので、流石に今回は制しておいた。多分怒られるだろう。
あちらこちらに美しい彫刻が飾ってある。
いずれも、前の世界では見たこともないような不思議な輝きを持つ材質の石で作られていた。
魔術具らしい奇妙な形状の棒切れ、謎のカップ、薬を作るときにでも使うのであろう天秤も置かれていたが、いずれも芸術品のように見事にデザインされている。
提供されている椅子も、アンティークらしい逸品だ。
居心地が良いか悪いかでいえば、「良すぎて悪い」とでも表現できそうだった。
少なくとも気疲れするのは間違いない。
俺の横に座っているココは、ひどく緊張している。めでたく両親に「勇者様」を紹介できる運びになったというのに、嬉しそうではなかった。
俺はそっと話しかける。
「……不安かい」
「いえ。お父様とお母様に会うときはいつも、緊張するので」
おおよそどういうご家庭なのかは、見当がついてきた。
なかなかご両親はやってこないので、俺は先ほどのドラゴン退治のことを考えていた。
なんだか妙な感じだった。
俺自身、根本的に不器用なのでうまくいかないだろうと踏んでいたのだ。だからジゼルに代わろうとした。なのだが。
実際やってみると、緊急事態は発生したものの、ものの一時間弱で見事にドラゴンを倒すことができた。
驚愕だ。前の世界なら、野犬一匹倒すのにも一時間以上かかったろう。
それが奇妙なのだ。
身体能力だけについていえば、この身体そのものに依存していると思う。
それは抜群に高性能に決まっている。何しろ、本物の勇者様の肉体なのだから。
パソコンに例えるなら、とにかくマシンのスペックは高いようなものだ。大概のことは処理できる。
問題は、そのパソコンに入っているOSがしょぼい場合だ。
どれだけご立派なコンピュータでも、それを動作させるシステムがしょぼくれていたら、大した働きはできないに違いない。
そしてこの場合、その「システム」というのは、前の世界から引き続き使用しているこの「俺」という精神ということになる。
俺自身はすこぶる付きで不器用な人間であり、その不器用さというのは、おそらくは俺のこの精神によるものである。
ちょっとした瞬間に上手く反応できないとか、遅れるとか、慌てるとパニックを起こすとか、意識下、無意識の範疇での動作に問題があるのが「不器用」というものだと思うのだが、だとすれば、「俺」というOSは極めて性能が低い、ということになるだろう。残念ながら。
この勇者様の肉体という非常に優れたコンピュータでも、それを動作させるシステムがポンコツなら、できることは大幅に限られるだろう……と思っていた。
重いものを持ち上げる、とか、俺の鈍な精神でもなんとかこなせることならともかく、素早い判断と正確な打撃などが求められる戦闘行動に、このシステムは対処しきれないだろう、と。
だが、できてしまったのだ。
それも、上々に。
単純に俺が考えていた理屈が間違っていたのか(コンピュータに馬力があればOSなんて何でもいいのか)、それとも、俺には意外にも運動の才が内在しており、前の世界ではむしろ俺の肉体の方に問題があったのか……確かにそういう可能性もあるか。
しかし、俺には徐々に、新たな疑問が芽生え始めていた。
この「勇者様」は一体、何者なんだ?
という、今更ながらのクエスチョンだ。
その時、部屋の扉が開き、小柄な男女が、連れ立って入ってきた。




