43. なんだかしょっぱい龍退治
極力被害を抑えてドラゴンを退治せよ。
まあ、現実的なんだけれども。リアルなんだけども。
なんせこっちは「火力はマックス」なので、いまひとつ緊張感と盛り上がりに欠ける。
全員が総力を結集して攻撃したら、魔王以外のものなら多分なんでも倒せるし、下手すりゃ山の一つくらい吹き飛ばすこともできるのだろう。
ただ、それは「敵軍と戦うために原子爆弾を大量に投下しました」と言ってるようなもので、ある意味目的は達せられるが後のことを何も考慮していないから論外である。
俺たちの背後には、ココの故郷があるのだから。
「どうした勇者よ! この魔王の継承者に恐れをなしたか! わはははははは」
ドラゴンの上からはそんな満足げな魔族のおっさんの声が響いてくるが、そんなもの気にしている場合ではない。
勇者とドラゴンの戦いというより、災害現場にやってきたレスキュー隊みたいな気分だ。
「もうちっと小さい大きさだったら、私の技術で息を止めることもできるんだけどね……」
とトリスタが呟きながら、大き目の針を取り出している。
「こいつを突き刺したら人間の動きなら止められるんだけど、流石にデカすぎるからねぇ。この大きさに試したことないや」
多分盗賊のスキルか何かで、暗殺みたいなことができるのだろう。急所づき的な。
確か人間の場合は、うなじのあたりにそういうポイントがあって、一撃刺すと呼吸ができなくなると聞いたことがある。恐ろしすぎる。
ココが閃いた顔で言った。
「あ、それなら、勇者様の剣をドラゴンの急所に突き刺したらうまくいくのではないですか? 大きさも、人間にとっての針がだいたい剣ぐらいの大きさなのでは」
このお嬢さん、ものすごいダイナミックなことを言い出した。
そりゃそうなのかもしれないが、実現できるかどうかとはまた別問題だ。それに、何と言っても俺は……勇者ではない。
剣の扱いに全く慣れていない、というか、あの時、魔王に振り下ろした以外だとろくすっぽ使ったことがない。
そんな人間に、「剣でドラゴンの急所一撃必殺」なんてミッションを課したら絶対ダメだろう。
ざっと見てもドラゴンの表皮にはびっしり鱗が生えているので、おそらくその隙間を縫って、とかやらなければならない。
そして、俺(勇者じゃなくて俺)は以前から不器用で有名だった。
横スクロールアクションゲームすらろくにクリアできなかった(だからのんびり遊んでいてもクリアできるRPGばかりに偏ったのだが)。
というような世知辛い事情を説明するわけにもいかないので、俺はジゼルの方を向いた。
この作戦は彼女に任せた方が無論安全だ。俺は滔々と語り出す。
「ふむ。私が手を下してもいいが、ここはジゼルにこの名誉を譲ろうか。何しろ私は魔王を倒すという誉れを得たばかりだから、剣士としてこれから……」
「ダメですダメですダメです!」
俺の考えを汲んだらしいジゼルが頷きかけた瞬間、ココが悲痛な声でそう叫んだ。
「どうか勇者様、ご自身の手であのドラゴンを、屠ってくださいませ!」
言いながら俺の両手を自身の手で包み込み、情熱的に俺を見上げる。
なんだなんだ、と戸惑うが、はっと事態を悟った俺は振り返ってココの実家の方を見た。
随分遠いのではっきりとは見えないが、どうも実家の門前に、二人の人影が見える。
ココのご両親、なのだと思う。
腕組みをしたり腰に手を当てたり、余裕をかましながらこちらを眺めて「お手並み拝見」とでも言いたげな様子がなんとなく伺える。
なるほど。
ココお嬢様は「婚約者」の活躍を目の前で見せたいのだ。
はぁ……。
本来俺としては、ココとの婚姻関係は破棄しなければならないのであえてジゼルにお願いしたいところなのだが、今、俺の手をぎゅっと固く握っている少女のこの熱い期待の目を裏切る気持ちには、どうしてもなれなかった。
それに、このままだといつドラゴンが暴れだすかわからない。
一刻も早く対処するためにも、こんなところでもめているわけにもいくまい。
俺は腰から剣を抜いた。人生で二回目の経験。
他のものに喩え難いずっしりした感触。こうしたタイプの剣は斬るというより叩く殴るの武器だとどこかで聞いたことがあるが、確かにそうに違いない。
そして横でまたニヤニヤしているエロいお姉さんに、俺は尋ねた。
「トリスタ、ドラゴンの急所は」
「人間と同じだよ。首筋の上の方、頭蓋骨の真下。脳みそに流れ込んでる神経の一番大事なとこを突く。わかる? ここね」
トリスタはわざわざ俺の首筋をその細い指で触ると、俺の急所を人差し指と中指でなでなでして示した。
「結構深々と刺さないとダメだよー」
「了解だ……うおおおお!」
俺は格好つけようと叫び声をあげて、ドラゴンに向かい駆け出した。
普段、叫びなれていないので、若干声が裏返った気がして恥ずかしい。
ジャンプすると、自分でも引くくらいの高さまで飛び上がれる。さすがは勇者様の脚力。
そのまま俺は、ドラゴンの背に着地した。
「お、おいお前、勇者、誰の許可を取ってそんな……」
顔が紫色をした魔族のおっさんが何かわめき散らしているが、そんなのは完全に無視してドラゴンの背中を首に向かって駆け上がる。
鱗が部分部分滑りやすくて、足が取られそうになった。なんとか堪えて首を登っていく。
そして、何が起きているのかドラゴンご本人に気づかれる前にその急所へたどり着くと、渾身の力を込めて、鱗と鱗の隙間に剣を突き刺した。




