42. 爆音と地響きと魔族
爆発、というよりは、ずううん、と腹に届く地響き、と表現した方が正確かもしれない。
俺たちがいた場所は村の中心近くで、音源からはかなり距離があるはずだったが、それでも恐怖を覚えるほどの重低音ははっきりと感じ取れた。
「なんだ!?」
俺がそんなありきたりな反応を返している間に、あっという間に音の鳴った方へ樹上で駆け寄ったココは、両手を素早く動かし呪文を唱えた。
「ヴェラム・コロラム!」
瞬間、ピンとココから音源の方角に向けて、緑色の光が射出されたように見えた。
そしてすぐさま俺の方を振り返ると、彼女は言った。
「魔族です。戦いを挑みに来ています!」
「え!?」
俺はまたしても間の抜けたリアクションを返してしまうが、ココは間髪入れずにすぐさま走り出した。
里を襲いに来た何者かと、戦いに向かったらしい。
「おい! 何をしている勇者よ!」
今度は食堂の方角から鋭い声が聞こえる。
同じく音を聞いて飛び出してきたらしいジゼルが、こちらも戦う気満々で音源の方角へとダッシュしていた。
その後に続いてトリスタも姿を見せたが、こちらは暖房の効いた室内で服を脱ぎ散らかしていたせいで、うっかりひどい薄着で出てきてしまって寒さに震え、たちまち屋内に戻ってしまった。何やってるんだ。
「勇者たるもの、人を救う為なら迷わず戦うものだろう!」
ジゼルがこちらを非難する調子で叫んだので、俺はようやく走り出した。
そういうものだという意識はあるにはあったが、実際こんな消防団のような勢いで向かうものだとは知らなかったのだ。勘弁してほしい。
とりあえず走ってみると、自分の身体能力の高さに驚いた。
わかっていたつもりなのだが、本気になって走ってみると、前の世界での鈍臭い動きとはまるで違う。
かといってアスリートのそれとも違っていて、硬質な機械がしっかり大地を踏みしめながら動作しているような印象だった。
速さだけに特化しているわけではないのだ。
ジゼルの後に続いて高い木の上から飛び降りる。
ジゼルはスタッ、と見事に着地していたが、俺はドスン、とガニ股状態で雪の中に垂直に落ちた。怪我こそしなかったが、強烈な痛みと振動がビリビリ全身に伝わってくる。
なんだったか忘れたが、ものすごく古い名作アニメでこんなシーンを観たことある気がする。
「雪の上で助かったなー勇者さん。流石になんの術も道具も使わずこの高さから飛び降りたら怪我するぜー!」
飄々とそんなことを言ったトリスタは、大きな扇のようなアイテムを使ってふんわりと高所から着地に成功していた。
てことはココもジゼルも何か使っていたのか。ちくしょう。
根性で回復した俺は、すぐに三人を追いかけた。
里の入り口までたどり着いた俺は、爆発音と炎の元凶を目の当たりにする。
ドラゴンだった。
もう直球、RPG世界全開、四本脚で堂々と大地に佇む巨大な龍。
無数の角が頭部周辺に生え、翼も背中から広がっている。大きさは、三階建てのビルぐらいだろうか。
前の世界で読んだり観たりしていた作品内のドラゴンは、それぞれ優しかったり情けなかったりとキャラ立てがしっかりしていたが、こちらの世界のリアルドラゴンは、残念ながら完全に目が血走った野獣のそれであり、一切の意思の疎通が図れそうになかった。
「あはははは、勇者イネルよ! このような守りの薄い里にいてくれるとは、私も助かるよ。今日は君に死んでもらうためにはるばるやってきた!」
そんな男の声が、龍の背中あたりから聞こえてくる。ただ、あいにく遠すぎてよく見えない。
一生懸命目をこらすと、ドラゴンの翼のちょうど間あたりに、紫色の肌色をした小柄な人影があった。
いや、紫色の時点で人ではないのは確かなのだが。
「私は魔貴族のオラウン。次代の魔王になる者だ! ここで勇者には死んでもらおう! ははは!」
小物臭がすごい。片っ端から死亡フラグを建てまくっておられるので俺的にはだいぶ気持ちが萎え始めていたのだが、
「お気をつけください、勇者様。あの魔族は全く大したことないしょうもない輩ですが、このドラゴンは危ない」
ココが先ほどまでとは全然違う、戦闘モード全開のクールな表情になって言った。
てかあいつしょうもないのか。登場するやいなや切って捨てられてかわいそうな気もする。
「何を考えたのか、あの魔族、どんな呪文でも操れない最大種のドラゴンを連れてきています。この里まで連れてこられたのは単なる偶然でしょう。迂闊に攻撃すればどう暴れるか読めません」
「そうか、厳しい戦いになるな……」
痛いのはやだな、ぐらいに考えて俺がそんなことを言うと、いいえ、とココは首を振った。
「勇者様の今のお力でしたら余裕です」
「え……」
俺はしばらくぶりに自分のステータスを思い返す。
とにかく全部マックス。てんこ盛り。最強。
長らく先代勇者の謎を解くことが主要業務になっていたせいで、すっかり忘れていたが、今のところ俺は魔王以外で怖いものはないのだった。
「あ、じゃあ簡単に倒せる……」
「倒すだけなら簡単です。ただ普通に倒すと里が崩壊します。何しろこの里、家々が全て木の上にありますので」
かなりシンプルかつ物理的な理由だった。ていうかなんでそんな不安定な家にしたんだ。
「普段はこんな辺境の里をわざわざ襲いにくる者などおりませんから」
あ、はい。俺が来たのが悪かったんだね。
「お招きしたのは私なので、お気になさらないでください。魔術で家は固定してありますが、流石に限度がございます。あのドラゴンに突進されたらひとたまりもございません……。
それに、ドラゴンを倒すために勇者様と私たちが全力を振るえば、それはそれで被害が広がります。里が崩壊するかも」
個人的には初めてのまともな戦闘なのだが、求められているのは被害を最小限にしつつドラゴンを倒せ、というなんというか……。
縛りプレイ。




