41. ココとの語らい
二人きりで里を歩く。
ゆったりと雪が降っていて、音を吸い取っているのか耳が痛くなるほど静寂が満ちていた。
辺りでは魔術師らしい人々が往来していて、皆ココと同じように、真面目そうな顔立ちをしていた。
男性も女性もいるが、誰も彼も何かを考え込んでいたり、人によってはブツブツと呟いていたりする。
やはりこの里、お堅い性格の人が多いらしい。
「……イネル」
久方ぶりにココにファーストネームで呼ばれて動揺する。
そういえば、二人きりの時はバブみが出てくるのだった。
「ごめんね。心配させてしまって」
「あ、いや……ココこそ大丈夫か? ご両親からあんな厳しく……」
厳しく叱責されて、なのか、無視されて、なのかよくわからなくて俺は言い淀んだ。
それから、先ほどジゼルが言っていたことを思い出し、こう付け加えた。
「でも、俺のせいでこんなことになって、申し訳ないよ」
すると、ココは驚いた顔でこちらを見た。
「なぜ? あなたのせいではないわ」
「だって、俺がこの里を連れ出したせいで……」
「何を言っているの? あなたが連れ出したんじゃないでしょう? 私が連れ出してとお願いしたのだから……」
ん?
どうやら、ジゼルも知らない裏の事情が、ココとイネルの間にはあったようだ。
俺は急いで話をそちらに寄せる。
「あ、まあそうかもしれないが、でも責任は大人である俺が負うべきで……」
なんだか政治家みたいな、いかようにでも取れる曖昧な喋り方ばかり達者になってきて我ながら嫌になる。
「ありがとう……」
そう呟くココは、いつも以上に美しい表情を俺に向けた。
その眼差しは澄み切って、相手を心から信頼し、愛していることが伝わる。
まだまだ彼女は子どもの年齢なのに、どきりとしてしまう。
いや、俺に向けた、というよりは、イネルに、なのかもしれないが。
そうだ。勘違いしてはいけない。
この世界の全ての賞賛も愛情も優しさも、俺に対して向けられながら、その実は先代勇者に贈られている。
わかりきったことなのだが、流石にこれだけ長きに渡ってくると、次第に時折寂しさと虚しさを覚えるようになる。
彼らは、俺を見ているようで見ていないのだ。
別に、前の世界でも対して注目を集めるような人間ではなかった。
小学校でも中学校でも高校大学でも、いるんだかいないんだかよくわからないようなポジションの人間だった。
だから、こうやって妙に他人から見つめられる機会が多いと、本気で自分の功績のように誤解してしまいそうになる。
あくまで俺は棚ぼた。
気持ちはありがたくいただいておくべきだが、それ以上は何も期待するべきではないし、ましてその立場をいいことに、権力を振るったりするべきではない。
例えば、今、俺がココにキスを迫ったりすれば簡単にできてしまうのだろうが、それはしない。
絶対にしない。
断固として、しない。
……本当に。
心が揺らがないといえばそれは、嘘になる。
別にココやトリスタに限らなくても、「やあ俺は勇者なんだ。ちょっと宿で冒険の話でも聞かないかい?」とその辺で声をかければ、女の子に手を出すなんてスリや万引きよりも簡単だろう。
でも……俺は、それはやりたくなかった。倫理的な理由もそうだが、なんと言ったらいいのか、俺という存在の為にも、そういう真似はしたくなかった。
先代勇者の成し遂げたことにフルに乗っかって、勇者扱いされて勇者としての特典を甘受して、利用し倒していたら、しまいに「俺」という人間が消えて無くなってしまうような……そんな気がしたのだ。
なんとなく。
ココはまだ、俺のことを切ない眼差しで見つめている。イネルに恋した目のままで。
唐突に、俺は全てを打ち明けてしまいたくなった。
何もかもを彼女に伝え、俺自身のことを知ってもらいたくなる。
惚れたからとかそういうのじゃない。ごく普通に、俺という存在のことを知ってもらいたくなったのだ。
ジゼルに気づかれ、冷たくあしらわれながらも「俺自身」として話しかけてもらえることが、存外に嬉しかったから。
「あのさ……」
俺が口を開いたその時。
里の入り口あたりに聳える巨木が、爆音とともに燃え上がった。




