36. ココの生まれ故郷
俺は今、不可解な光景を目にしている。
いるのは、人里離れた、寒々とした山の奥。一風変わった家々が建ち並んでいる。
雪の積もった大きな木々の上に、ログハウスが載せられている。
木と木の間は板張りの床が渡され、数本ごとにひとまとまりのコミュニティを形成していた。
それだけなら前の世界でもおしゃれこじらせた人たちが北欧あたりで暮らしてそうな家だが、問題はそこではない。
梯子がないのだ。
登る手段がない。
とはいえ、特に問題はない様子だった。
誰も彼もが、魔法の力でもってスゥと浮き上がり、そのまま木の上の家に上がっている。
なんでも昔から、外部の人間に侵入されないよう、こうした住居を作ってきたらしい。
「みなさーん! 早くこちらへ!」
珍しくテンションの高いココは、寒冷地仕様の厚いローブを着込んでいるのに嬉しそうに駆けていく。
駆けながら何かにつまずいてよろけ、また気を取り直して走り出す。
俺は地元で就職したので、実家に戻るのがどれぐらい喜ばしいことなのかはピンとこない。
そう、ここはココの故郷、「魔術の里」である。
以前からココがしきりに「魔術の里」という呼び名で呼んでいるので、実際はどんな名前なのだろう、と少し思ってはいたのだが、どうやら里の人々も「魔術の里」としか呼んでいない様子だった。
これもおそらく、この「世界」のことを「世界」と呼んでいるのと同様、「魔術の里」はここに一つしかないから、固有名詞を必要としていないだけなのだろう。
俺があちらこちらで飛び回っては樹上の家に戻っている里の人々をぽかんと見つめていると、隣に立ったジゼルが小声で言った。息が白い。
「お前はもうすでに二度ほどこの地に来ているぞ。アホみたいな顔するんじゃない」
そして俺の脇腹を握りこぶしで小突くと、何事もなかったかのように先へ歩いて行った。
ちょっとした注意にしては小突き方がかなりきつくて腹が痛いが、これは本当に助かる。彼女がいてくれるだけでも相当危険は回避できるだろう。
* *
今回は、俺、ココ、ジゼル、トリスタの三人だけで来ており、マヤ(=魔王)はグラントーマ城に残してきた。
若干、あの邪悪な娘を置いていくのは不安を覚えたが、なんだか知らんがココが強硬に嫌がったのだ。
「ネルバに乗るにしてもずいぶん距離もありますし、本当に寒い土地です。旅慣れていない妹さんをお連れするのは不安が残ります。お城の皆様にお任せしておけばきっと大丈夫です!」
といった調子で、一向に引き下がらない。
とはいえ、確かに俺はマヤがただの女の子ではないと知っているから別にどんなハードな旅路でも構うまいと思うが、常識的に考えれば普通の女の子を観光がてらに連れて行くような場所ではないかもしれない。
マヤ当人はといえば、いつも通り何も言わずココの言葉に従って、俺がいない間はこれといって何もせず、城内で静かに過ごすということだった。
グラントーマ城から出発後、ココの言葉通り北へ北へと大フクロウのネルバは飛び続け、重装備とココの暖房魔法(と呼ぶのか知らないが電気毛布に包まれているくらいの暖かさに包まれる魔法)がなければ凍え死ぬような地帯を潜り抜け、空をつくほどの高い山脈を越えた先にようやく現れたのが、この魔術の里であった。
* *
「ココ。何度も確認して申し訳ないんだが……」
俺はザクザクと雪をかき分け、ココに追いつくと、念を押してもう一度尋ねた。
「ここまで来ても……やはりご両親にお会いできるかは、わからないんだな?」
「ええ、そうです!」
あくまで快活に、ココは頷く。
「前に来た時と同様ですね。わかりません。でも、大丈夫。今度こそ……イネル様を父上と母上にご紹介してみせますから。必ず」
強い決意を感じさせる目で、ココは言い切った。




