33. 運命共同体
「魔王が魔王のまま、人間を統べることの効率の悪さに気づいたのだよ。
では、人間を従えるのが最も容易な存在とは誰か。間違いなく、『魔王を倒した勇者』だ」
少女は忌まわしい話を、幼い澄んだ声音で語り続けた。
「これ以上に人間にとって信頼の置ける者はいない。加えて……我が知りたかったことがある。
我に何かあった時に最初に権勢を手にしようとすると我が配下は誰なのか。
我が勇者を倒した時であろうと、逆に倒された時であろうと、事態が動いた時、誰がどのように動くかを知りたかった。
そのためには、試みに一度、我が倒されるのが手っ取り早い。
つまり……我にとって最も都合のいい人間が、すぐ近くにいたということだ。そうして我は、およそ一年前のあの日、お前の元へと向かったわけだ」
一年も前から計画されていたわけか。
魔王は、懸命に無表情を装っている俺を見上げた。
「しかし、お前も簡単だったな。話を持ちかけたら、一も二もなく協力を受け入れた。
まあ、断ったら殺すだけだったが、まさかこんな呆気なくこちらにつくとは思わなかった」
「……判断力があると言ってくれ」
精一杯のジョークを言ってやると、魔王は何やら妙な顔をしていた。
目の表情は変えないまま、口元だけ波打つようにうにうにと動かしている。
どうやら、これで笑っているらしい。笑顔が下手すぎる。
「ふん。まあなんでもいい。話の続きだ。
お前の『使い方』だが……まず予定通り、お前には我を倒してもらった。世界は救われ、お前は『邪悪なる魔王を打ち倒した勇者』に愛でたくなったわけだ。
これでもう、人間界でお前に歯向かう者はいない。
あのくだらぬ祝宴を見ても、お前に媚を売りに来た馬鹿どもが門前市を成していた。
お前はさして興味もなさそうに振舞っていたが……あいつらは必死だったぞ。勇者様にとり入ろう、目をかけていただこう、お嫁にもらっていただこう……恐怖が目先からなくなった途端、これだ。
実に人間というものは浅ましく、愚かだな」
まあ……それは俺もあまり否定はしない。
誰も彼もが、俺の、いや、「勇者」の寵愛を賜ろうとあらゆる言葉を尽くしていた。
あの人たちにとっては自分たちなりの道理があるのだろうが、正直、俺からするとうんざりだった。
最初のうちはちやほやしてもらうのも悪くなかったのだ。
勇者様、素晴らしい、さすが、お見それしました。
褒め称える言葉の数々。
別に俺が何をやったわけでもないのだが、それでも偉人扱いしてもらえるのは悪い気はしない。
実際、この体に今宿っている力は多分人類最強クラスなのだ。少々勘違いして天狗になったところで、俺を止められる人はいない。
しかし、それを飽きずに聞いていられるのもせいぜい一日二日のことで、際限なくそんなことばかりを、口元に笑みを浮かべた人々に語りかけられ続けるとさすがの俺も、魂胆ぐらいは見えてくる。
魔王が「いなくなった」今、勇者というブランドは利用価値の塊になっている。
金メダリストとか大人気アイドルなんかとは比較にならないくらい。
単に「勇者と知り合いだ」というだけでも便宜を図ってもらえるかもしれないのだから、皆ちょっとでも俺に顔を覚えてもらおうと懸命だった。
まあ、女の子数名からおっぱいを押し付けてもらったのは悪い気はしなかったけれども。
「お前も一年前のあの日、言っていたじゃないか。
『勇者勇者と担ぎ上げられるのはもううんざりだ』と。
『どうして自分ばかりがこんな苦労しなければならないのか……だったら、せめて自分の立場を利用してやるんだ』と。
その気持ち、まさか変わったわけではあるまいな?」
「……変わるわけない」
としか、答えようがない。
この状況で、魔王に反論などできようはずもない。
その時の「勇者」はクズでした。俺はそんなこと思ってません。
言えるものなら言いたいけれど。
それに、たった今魔王は言っていた。
「まあ、断ったら殺すだけだったが」。
つまり、一年前といえど、勇者と魔王との間の力の差は歴然としていたわけだ。あの日、俺が魔法と剣で打ち倒したのも、完全な八百長。
だとすれば。
迂闊なことを言えば、俺はいつでもこいつに消されることになる。
なんとか、利用価値があると思っておいてもらわなければ、俺は生き延びることすらできないだろう。
「……ありがとう。細かいところまで思い出せたよ。で……予定通り、世界中の人に『勇者が魔王を倒した』と信じてもらえたわけだが、次は俺は、何をすればいい?」
俺が小さく言うと、魔王は俺の目を見上げて告げた。
「とりあえず勇者イネルよ。お前には、グラントーマの王になってもらおう」




