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30. 先代勇者の印象

「え?」


 今度は動揺したのはジゼルの方だった。露骨に目が泳いでいる。

 俺はもう一度言った。


「だから、この『勇者イネル』って、どんな人だったんだ? うっかりしてたけど、これが一番重要な情報だったわ。これから今までより本気で、この人になりきらなきゃいけないんだから。これまでその情報が全然なくて困ってたんだよ。教えてくれ」


 いたって真っ当な要望を出しただけなのだが、彼女の動揺の仕方は尋常ではなかった。小さな声で言う。


「どうって……まあ、勇者という感じ……かな」


「それがわからないんだよ」


 勇者っぽい人というのはどういう立ち居振る舞いをするのが正解なのだろう。


 人前でゲラゲラ笑うべきではないのだろうか。

 毎食食べすぎるのは良くないのだろうか。

 目の前で泣いている子どもがいれば助けてあげるべきなのだろうか。


 実際の勇者という人を見たことがないからわからないのだ。

 加えてこのイネルという人物に関していえば、ろくでなしであるということ以外一切が不明である。

 人柄、人となりを知りたいのだ。


「パーティの中では一番の昔馴染みなんだろ? ジゼル」


 俺が名前を呼ぶと、ビクンとジゼルは身体を震わせた。それから、気まずそうに言う。


「その……もう一つお前は私の心情というものを解し切れていないようだが」


「ん?」


「……お前の正体に勘づく前の私の振る舞いを覚えていると思うが……私と、イネルは恋仲にあった。将来を誓い合った仲、だった」


 寂しげに彼女は呟いた。


「せいぜい気丈に振舞っているつもりだが、これでも傷ついてはいるのだ。愛する人が、いなくなったのだから。その上、ややこしいことに目の前に見た目だけは当人そのままの人間がいて、それが間の抜けた調子で私に間の抜けた質問を繰り返してくるのだぞ。それも、自分自身がどんな人間なのか教えてくれ、などとただでさえ答えにくいことを」


 確かに。例えるなら記憶喪失の人間に「私はどんな人か教えてくれ」と言われるようなものなのだろう。答えにくい。

 その人が自分の恋人だったらなおさらである。


 流石に、気遣いが足りなすぎたか。


「……ごめん。俺も、頼れるのがジゼルしかいないものだから」


「まあ……それはそうだな。うん。そう……まず、今のお前の喋り方だが、以前と比べるとかなり砕けて感じられる。イネルはもう少し、他人に威厳を感じさせるような言葉遣いを心がけていた。頭が良さそう、というか」


「良さそう……?」


 その言い回しに若干のひっかかりを覚えた。


「立ち居振る舞いも、もっと偉い人っぽい動きを意識していたと思う。こう、腕組みしたり、重々しくうなずいたり。凄そうに見える感じに」


「っぽい……?」


 あの、と俺は話を一旦止めて尋ねた。


「なんか、勇者の印象についての表現がいちいち、残念な言い回しに聞こえるんだが」


「その通りだ」


 身も蓋もなくジゼルは応じた。


「勇者イネルは、そういう虚勢というか、『凄そうな雰囲気を醸し出したい』という気持ちが思い切り表に出てしまう人間だった」


 えぇ……。


「そんなのが好きだったの……?」


 俺がついポロリと言ってしまうと、顔を赤くしたジゼルはすぐさま言った。


「う、うるさいな! その、そうした若干痛々しいところも含めて可愛らしいというか、憎めないというか、とにかくそういう人間だったんだ! 見栄っ張りというか……」


 何だろう、ジゼルも相当こじらしたタイプの人な気がする。

 こういうのを何と言うんだったか。ダメ男ばかりに惚れて人生グズグズになる女子。


「うん、だいたいわかった。胸張って堂々として、俺に任せろ、的な感じで前に立ってるけど、実は結構抜けてるところが多い系の人ね」


「よく今の説明でわかったな」


 ジゼルは驚いた様子だったが、別に前の世界でもそういう人は見覚えがあったので、大したことはない。

 そして、プラス納得いったことがある。


 そういうタイプの人間なら、本当に窮地に陥って追い詰められた時に、体面を保てなくて逃げ出すであろうことも、容易に想像できる。


 はぁ、と俺がため息をつくと、口を尖らせていたジゼルは不意に思い出したように、こう付け足した。


「でも、時々ひどく寂しそうな顔をしていたよ。どうしてなのかは良くわからなかったが」

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