26. 気の毒極まる
「何を言ってるんだ……ジゼル。私が別人に見えるか?」
俺はなんとか取り繕おうと、背後に刃を感じながら言った。しかし、剣士の殺意は全く和らぐ気配がなかった。
「黙れ。今更何を言おうと無駄だ。このまま抵抗せず、会場の外へ出ろ。勇者の体とはいえ、背後から刺されればそれなりの傷を負うぞ」
ジゼルは一瞬の隙も見せない。仕方なく、俺は歩き出した。
時折すれ違う見知った顔ににこやかに会釈しながら城の奥へと向かうと、ジゼルとともに人目につかない小部屋に素早く入った。
何かの倉庫のようだった。大きな袋やロープが積み上げられている、埃っぽい空間である。
「じゃあ聞くが……」
俺は首に向けられているナイフから目をそらし、できる限り平静を装いつつ尋ねた。
「どのあたりが勇者じゃないんだ? この私と、ずっと旅を続けてきたわけだろう?」
一人称を俺にするか私にするかは正直引き継いでからまちまちになってしまっている気がするが、それぐらいは誰だってそんなもんだろう。
その程度でどうこう言われる筋合いはない。
「どの時点でお前が別人になったか、だが……」
俺の質問に直接は答えず、ジゼルは淡々と言った。
「おそらくは、魔王を倒したあたりだろう。普段のお前なら、魔王を倒すなどという大ごとがあった後は、必ず私たち仲間を褒めに来ただろうから。たとえ私たちがこれといって役に立っていなくとも」
なるほど。確かにそういう気の利いた振る舞いは俺の専門外だし、この先代勇者様は話しに聞く限り、その手のタラシ的テクニックに大いに長けていたようだ。
不審がられるきっかけとしては理解できる。
とはいえ、それだけで疑いの目を向けられるというのも納得いかない。
「でも……」
「そうだ。その程度のことでは私も疑惑までは持たない。現にココもトリスタも、お前が疲れているんじゃないかとか陰で心配はしていたが、普通ならそれでおしまいだ。お前自身も言っていたが、魔王を倒すなどという難事の後なら、少々様子がおかしくたって無理もないだろう。しかし、私が強く怪しんだのはそこではない」
「……」
「当然お前は知らないだろうが、イネルの仲間に加わったのは私が最初だ」
ジゼルはナイフの刃で、俺の顎を軽く叩く。
「誰よりも昔から、イネルのことを知っている。だからこそわかる」
「どういうことだ? 何か……約束でもしていたか? それなら申し訳ないが、忘れているのかも……」
「違う。そして、今の言葉で確信を持った。やっぱりお前は、偽物だ」
ぐい、とジゼルは顔を寄せてきた。どうやら理由を説明するつもりはないらしい。
ナイフが喉元にわずかに刺さっていて、痛い。
逃げる余地はないようだ。
「さあ、真の名を名乗れ!」
* *
「え……? 異世界……?」
ジゼルは俺の目前で、ぽかんと間の抜けた表情で粉袋に座っていた。
ナイフなどとっくにしまっている。
一時間ほどを掛けてじっくりと、この数日間に俺の身に起きたことを丁寧に彼女に説明したのだ。
ついでに前の世界での本名や、仕事のざっくりとした内容まで話してやった。
疑わしいと感じたのか、あれやこれやと細々した情報について質問してくるので、もうこうなったらままよ、と全てに即答。
彼女は彼女で、戦士ということもあり、この手の尋問に長けているのか、例えば子供時代のちょっとした思い出だとか、あるいは自分の家の位置どりについてだとか、微妙に嘘をつきづらいことについてあえて尋ねてくる。
それらに対して、いずれも俺は正直に答えた。
おかげで、でまかせで喋っているわけじゃないと信じてはもらえたようだった。
「転生……? 嘘ではないようだが……」
「嘘じゃないよ。こんな詳細な話、器用に即席で思いつける人間だったらもっと上手に世渡りしてるよ」
頭が混乱状態のジゼルと対照的に、むしろ俺のほうはすっきりしているくらいの気持ちだった。
初めて本心で気を抜いて話せているのだ。たぶん警察で自白した犯人もこんな気分なのだろう。
というか、
「ジゼルは俺のこと、何だと思ってたんだ?」
「魔王だと、思っていた……イネルが魔王を倒したかに見えたときに、イネルの身体を魔王が乗っ取ったのだと……」
あー、確かにそれはありそうな線だ。割と気の利いたストーリー。
「違う……のか……」
ジゼルは呆然としている。だんだん申し訳なくなってくる。
唐突に、ジゼルの両目に涙が浮かんだ。
「イネルは……もう、いないのか……?」
あ……マズい、これ。




