25. ジゼル
三日間も開かなくても、と最初は思ったが、考えてみれば世界が救われたのだからそれぐらい盛大に祝ってちょうどいいのかもしれない。
俺は丸ごと三日間、ありとあらゆる人への挨拶をし倒して、疲弊しきっていた。
根本的にはコミュ障こじらせた人間なので、そろそろ限界が来つつある。
最終日の終盤は、とにかく一刻も早くこの宴が終わってくれることを心待ちにするばかりだった。
それに関してはパーティの面々も同様で、ココは歳も若く身体が強いわけでもないので人混みに振り回されてすっかり疲れ切ってしまい、一人早めに部屋に戻って休んでいた(魔王マヤは今夜はココが面倒見てくれるらしい。まあ……今の所問題は起きないだろう)。
一方トリスタはああいう性格なので、ちやほやされているうちは楽しげではあったが、酒を飲みすぎて手をつけられなくなったあたりから誰も相手をしてくれなくなり、癇癪を起こし、ベロベロに酔っ払って廊下の隅で膝を抱えて眠ってしまった。
薄手の服が乱れて目に余る。
あまりお城にはいないタイプの人間だからか、兵士や執事達もどうしたらいいのかよくわからないらしく、ほったらかされていた。
まあ彼女なら大丈夫だろう、多分。
そして姫様はもちろん控えめかつ王様に逆らえないので、俺というより王が行くさきに付いて回っている。
というわけで、残るのは一人だけである。
「……」
ジゼルはまるで俺のボディガードか何かのようなクソ真面目な表情で、俺の左後ろ70センチほどの場所にずっとついている。
平和すぎて忘れがちだが俺のステータスはマックスなので、別に守りは大して必要ないだろう。
俺たちは今、祝宴会場の片隅で、極力目につかないように立ちぼうけて時間が過ぎるのを待っていた。
「あの、ジゼル?」
俺が言うと、彼女はびくんと立ち止まり大きな目を見開く。
恐ろしいほど真っ直ぐな眼差し。
とても美人なのだが、優しさというよりキツさの方が先に感じられてしまうのは惜しいところか。
この世界に来てからの俺の身近な女性達は全員、性格というか属性が被っていないのが面白いところで、ジゼル=厳格、ココ=純朴、トリスタ=ひねくれ、姫様=高貴、マヤ=ダーク、とまあ多種多様な人が集まったものだと感心する。
「なんだ。どうした」
ジゼルはあくまで謹厳実直な調子で応じる。
裏に回れば甘えん坊なのだが、一切そんな様子は見せない。
それが関係性を隠すためなのか、それとも彼女のプライドがそうさせているのかはわからない。
きっと両方だろう。
「……いや、別に」
俺は言うことを何も思いつかず、沈黙した。
基本的に俺は、気の利かない方だ。少なくとも前の世界ではそう言われていた。
こういう時にちょっとしたおもしろ話で場をつなげる人に憧れてはいたが、実際に何かを話すと百パーセントスベるので、なるべく口を開かないように気をつけていた。
事故るくらいなら初めから運転しない方がマシだ。
「フン……」
ジゼルも同じように、喋りでなんとかするタイプではないのだろう、小さく首を振ってまた直立不動の態勢をとった。
妙な間が空く。
ジゼルは、本来なら苦手なタイプである。
融通のきかない厳しい女性には昔から何度も痛い目に合わされてきた。
学級会で「〇〇くんが悪いと思います!」と吊し上げられているヤツというのはいつの時代もいると思うが、俺がまさにそれだ。
大体の場合、俺が何か悪いことをやったわけではなく、単に間が悪かったり運が悪かったりうまく説明できなかったり、当時はおおよそ「不器用」が原因で怒られ続けていた。
幸い、社会人になってから随分その辺は改善されたと思うが……。
そういう時に俺を攻め立ててきていたのは、いつもジゼルみたいな子だった。
彼女達のような、真面目でなんでもよくできる人たちにはわからないのだ。
俺みたいな間が悪い人間の苦悩は。
自分自身は一切しくじっていなくても、不幸を引き込んでしまう種類の人間というのはいるのだ。実際。
「そうだ。一つ言っておきたいことがあるのだが」
不意に何か思い出したように、俺の背後でジゼルは言った。
俺は振り返り、彼女の目を見る。
「お前は……誰だ」
「え?」
俺は何を言われているのかわからず、しばらくその場で硬直していた。
今、思い切りジゼルと目が合っている。
彼女の目はすこぶる険しく、俺を睨みつけている。
その右手には、どこから取り出したのか細身の短刀があり、それは俺の背に突きつけられていた。
これは、まずい。
ジゼルは、ゆっくりと言った。
「お前は……勇者イネルではないな」




