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24. 子どもの質問と自分の限界

 王城での祝祭であったことというと、印象に残ったことはあと二つほどある。


 当然ながら、大勢各地から集まった貴族やら豪族やらよくわからない人たちがたむろして、誰もかれもが俺に興味があるという祝い事である。

 最初のうちは、うっかりして一人ぼっちでいるところで話しかけられてしまうこともあった。


 王と姫様がどこかへ行ってしまい、仲間連中も魔王陛下と共に食事を取りに行ってしまって取り残された俺が、グラスを持ってぼんやり会場内で立ち尽くしていると、ニコニコした父・母・息子と思しき親子連れが目の前に突然現れた。


 そして、ニコニコしながら俺を見ている。


 なんだろう話しかけてくる度胸がないのかな、と思った俺もニコッと微笑みを返していたのだが、全くコミュニケーションが進まない。


 ほんの少しだけ眉尻が下がった父親は、口を開いた。


「そうですよね、我々のことなんてお忘れですよね……」


「あーいや! すみません……」


 俺は慌てて近くのテーブルにグラスを置いて家族づれに近づいていく。

 3人とも絵に描いたような「いい人」という感じの顔をしていた。


 ジゼルやココがいる間は、俺の知人と思しき人に話しかけられても彼女たちが喋り出すまでは断固として俺は口をつぐみ、なんとなーく雰囲気で話を合わせられそうになったら「はは……懐かしい」などと当たり障りのないことを言う、という手法で難事を切り抜けていたのだが、ついにやらかしてしまった。


 確かにお祝い事の主役というのは話しかけづらいのはわかるが、だからといってニコニコしながら立っていられてもこちらとしてはどうしたらいいのかわからない。


「忘れていたわけではなくてその……」


 俺が一生懸命取り繕おうとして例によって勇者感のない小物っぽい発言に終始していると、温厚な顔のお父さんはいえいえ、と相変わらず笑みを浮かべていた。


「世界を巡って数多くの冒険をこなしてきた勇者様のことですから。私どものことなど覚えておられる必要はございません。私どもはセーニュの街で皆様方に『ロバルトの惨劇』から救っていただいた、レザー家のものでございます」

「あーはいロバルトの。ええ、ええ」


 俺は盛大に汗をかきながら極めて適当な返事をした。ロバルトが人名なのかどうかすらわからない。

 お父さんはしみじみと話をつなぐ。


「あの時、アステルドの持ってきたグリンファルがあまりにも大きい、まるでセキーヌのような代物でしたから、勇者様もたいそうお困りでしたが……ですがジゼル様が、バルテックの書にあるスラヴィロの方法で見事に解決なされて……まさかカケルではなくスラヴィロとは恐れ入りました」


「ああ、ねえ」


「全く。その上、ココ様がグリンファルを若干削ることで、ゴウガの塔に突き刺すとは。やはり勇者様のお仲間ともなるとなさることが違う。おかげさまで見事解決いたしました。ありがとうございました」


「いやほんとに」


 マジで信じられないくらいなんのことやらわからない。

 ココが何をどう突き刺したら解決に持ち込めるのか。このお父様は一人で語って満足げだからいいが。


 しかし、これから先もこの手の問題が多発する、ということだ。今は祝祭の勢いで流せているからいいが、もし真面目な席に呼ばれたら、どうも勇者おかしいぞ、とあっという間に露見しかねない。


 まあ、前の世界にもよくわからんことを適当に流しながら高給を取っている偉いさん、というのは会社によくいたから、あの手の連中と同じような非道な仕事をして、ネームバリューだけで余生を過ごすことも可能なのかもしれないが。


 しかし、魔王の問題がある。


 魔王が何をやろうとしているのか突き止めたとしても、このままでは何もできない木偶の坊として魔王のやりたいようにされてしまうのではないか?


 ……。

 うーむ。


 打開策が何一つ思い浮かばなかった。多少のことは文献の類を紐解けば学べるだろうが、今までの俺=勇者が関わってきた事件出来事の一つ一つまで、フォローできるはずもない。

 かといって、突然手当たり次第に質問し始めたら怪しまれるに決まっている。


 つまり、周囲から不審がられないためには何もせずぼんやりしていればいいだろうが、それではあの魔王少女の脅威から、世界を救うことはできない。

 地名人名この世のルールすらわからないのに、救うも何もないだろう。


 どうしたらいいのか、今度こそさっぱりわからなくなった。


「ほら、リック。勇者様に聞きたいことがあると言っていただろう? もうこんな機会はないぞ」


 ひとくさりお父さんのお話が終わったところで、お子さんの番が回ってきた。

 俺は意味不明のテクニカルタームが乱舞する話にげっそりしていたので、大変気持ち的に助かった。


 リック君はお父さんに抱きかかえられ、モジモジしていたが、やがて意を決したか、こう俺に尋ねた。


「あの、ゆうしゃさまって、どうやったらなれますか?」


 大変愛らしい調子で、キラキラした目で俺にそうお尋ねになる。


 お父さんはこれこれ、失礼だぞとたしなめ、お母さんはほほほ、リックもなれるといいわねと満面の笑みを崩さない。


「あー、えー……」


 俺は言葉に詰まっていた。いや、正直、答えはあれしか思いつかない。


「勇者とは……勇者とは、最後まで決して、諦めない者のことです……」


 声がだんだん小さくなっていくのを抑えられなかった。


 リック君も一家も、その立派な答えに満足したのかとても嬉しげだったが、こちらの精神状態はそれどころではない。

 申し訳なさでどんどん気持ちが落ち込んでいく。


 先ほど考えた論理でいけば、もうかなり、諦めるしかない状況なのだろう。

 魔王少女の「これからやろうとしていること」を、俺は見過ごすしかないのかもしれない……。


 以上が、祝祭で印象に残った二つ目の出来事だ。


 そして、三つ目にしてインパクト最大の出来事、いや事件は、祝祭三日目、最終日に起こった。

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