23. 夢があるなぁ
「転生術?……でございますか?」
ココは話す途中で何かを思い出したように、丁重な語尾を付け足した。
彼女は、他人が周りにいるときは勇者(=俺)にかしこまった調子だが、二人きりの時はまるで長年連れ添った夫婦……どころか母子のように優しく話す。
多分、一瞬周囲に他の人がいることをど忘れして喋り始めてしまったのだろう。
ちなみに今は、祝宴後にひと休憩しつつ、城のバルコニーに出てきたところだ。もちろんあたりに人は大勢いる。
ほのかに照れ笑いを浮かべた彼女は大変可愛くて、同時に俺の中には罪悪感が募り出す。
別に俺は何も悪いことしてないんだけど。
「そう。転生する術というを知っているかなと思って」
「それは、亡くなった後に別の人に生まれ変わるための呪術ということでしょうか。それなら、古くから伝わる物を話に聞いたことがあります。効果があったのかどうかは確かめようがないですが」
「いや、そういうやつじゃなくて……なんて言ったらいいのか……例えば、この世界以外に他の世界があるとして」
「はあ」
「その、よその世界へ転生する、というか……」
考えてみると、「異世界転生」という概念をそれを知らない人に伝えるのは思いの外難しい。
ココもぽかんとしている。
「『よその世界』というのがどのようなものなのか、私にはわかりかねるのですが……それはこの世界と同じような、全く別の世界が存在したとして、ということですね。聞いたこともないですね、そのような魔術」
「そうか……」
「仮にあったとしたら、想像を絶するほどの魔力を必要とするでしょうね。言ってみればその術は、世界と世界の境を越えるということでしょう? この世界の中で移動する術を使うだけでも多大な魔力を使うのですから、まして世界を越えるとなるとどんなことになるか……私は百年修行しても、使える気がしませんね」
ココはふふ、と笑った。
この子は俺と一緒にいるとことさらに笑みを浮かべる。愛らしい。
そして申し訳ない。うう。
しかし、一つこれは収穫だった。
転生術はこの世界でも、メジャーな術ではない上、存在するとしてもそうおいそれと使えるものではないのだ。
ということは、勇者の手紙にあった「転生術師」というのがどこの誰であれ、並みの存在ではないということになる。
極めて珍しい術を使えるような、ただならぬ力を持った魔術師。これは随分、探しやすくなるだろう。
「あの、勇者様。なぜそのようなことをお尋ねに?」
ココが当然の質問を向けてきた。
多分そう訊かれるだろうなあと思ってはいたものの、結局実際に質問するまで何一つうまい言い訳を思いつかなかったので、俺は愚にもつかない思いつきを言うしかなかった。
「いや……もし他の世界に転生できたら、夢があるなぁって思って」
アホ丸出しのことしか言えなかったが、実際前の世界で転生ものを読んだり観たりしていた時はそう思っていたのだから仕方ない。
誰だってうんざりするような世界から旅立って、他の世界で大冒険したいじゃないか。もちろん先代の尻拭いとかは抜きで。
すると、意外にもココは俺に乗っかってくれた。
「確かに、それはそうかもしれませんね……私も子どもの頃、そんな夢想をしたような。先祖代々決められた職でなくとも好きな働きが許される、親や周囲の決めた相手でなくとも婚姻ができる、自由に愛した人と一緒になれる、そんな世界があれば……と」
俺はそういう世界出身だけど、自由すぎて競争から弾き出されたらろくな仕事に就けないし一切結婚なんてできないような地獄の世界になるから俺は先祖や周囲に決められる方がいいなぁ、と内心思ったがもちろん言わない。
というか。
ココの目は情熱的に俺を見つめていた。
「勇者様。また次は、久方ぶりに私の生まれた魔術の里を訪ねてください……魔王を倒したいま、紹介したい人が大勢、おりますので。とはいえその前に……姫様とのご婚姻の件、なんとかしなければなりませんけれども」
ココは、後半は他人に聞かれないよう小声で言った。
魔術の里、ということは、転生術師について何か知っている可能性がある人もきっといることだろう。行く意義はある。
しかし、パーティで連れ立って向かうのはそれ以上にリスクの方が高くなりそうな気が、すでにビンビンしていた。




