22. 俺の口調と大いなる祝祭へ向けて
「喋り方?」
俺はぐっと詰まった。
沈黙魔法が解けて以来、一応気をつけて余計なことを喋りすぎないよう気を使っていたつもりだったが、やはりどうしても口をついて言葉が出てしまう。
「前からこんなものだと思うけど」
「そうか? 前はもう少し得意げで、気取った口ぶりだったように思うが」
やはり見栄を張った典型的なイヤミ系キャラだったのだろう。つくづく感じが悪い。
「……」
魔王少女は俺のことをジロジロと間近で眺めている。俺は肩をすくめた。
「冒険も山場を越えて、気が抜けたんだよ。いつまでも偉大なる勇者様を気取っているのも疲れるし。悪いか?」
「……悪いことはないが。多少は周囲から敬愛される勇者様でいてくれないと困るかな」
それから、魔王は降ろしてくれ、と言って脚をばたつかせた。
俺があくまで優しいお兄ちゃんのそぶりで降ろしてやると、魔王は何も言わず、どこかへ走り去っていった。
姿が見えなくなった後で、ようやく俺は安堵して一息ついた。
前の勇者がどんな性格だったかわからない以上、俺がどう振る舞ったところで以前との違いを指摘されるのはやむを得まい。
ましてこれから、もう沈黙魔法の手は使えないのだから、色々な人に接する中で疑われることもあるだろう。
基本的には同じ、「魔王を倒してホッとしたので砕けた性格になった」路線で行こうと思うが。
赤の他人ならともかく、身近な女性陣にその方向でどこまで受け入れてもらえるかは正直、あまり自信がなかった。
その後、俺たち一行と勇者の妹(のふりをした魔王)は巨大フクロウの背に乗ってグラントーマ城へと戻り、改めて国をあげての祝祭に参加することとなった。
正直、そこからの一、二週間に特筆すべきことはさほどない。すこぶる忙しかったからだ。
忙しかったといっても、別段面白いこともない。
祝宴に呼ぶべき縁故ある方々のリストを作らされ(これはほとんど、ジゼルやココがやってくれたものを俺はチェックするだけだった。もちろん全部右から左に通したが)、加えて、とにかくグラントーマ王に引っ張り回され、あれやこれやと偉い人に会わされては「懇親会」的な奴に参加させられるばかりだった。
「ほう、こちらがかの勇者様……!」
「お噂通り筋骨隆々」
「しかし眼差しは澄み切って聡明そのもの」
「ありがたい……」
「どのようにしてかの憎っくき魔王を倒したのかね」
「世界を救ってこれからは、何をなさるおつもりかな?」
おおよそこんな感じの感嘆の声だの質問だのが飛び交い、俺はただそれに穏やかな微笑を浮かべて当たり障りのないことを答える、といった非生産的な時間がとにかく繰り返されるだけだった。
これはあくまでイメージだが、オリンピックで金メダルを取った選手、あるいはハリウッドスターなどは毎日こんな目に会わされるのではなかろうか。
よくわからん誰か知らんおっさんの間を引き回されては、ただ会って挨拶するだけ、というお仕事。
そりゃ、会う側からすると興味深いだろう。
勇者とは果たしてどんな人間なのか。
どこかに弱みやダメなところはないか。
評判通りの快男児なのか。
家に帰ればお土産話の一つもしたいだろうし、そうなるとあれこれ質問もしたくなる。
しかし、そういう時に出てくる問いというのはまあそうそうオリジナリティある面白いものにはならず、よくあるワイドショー的な、「普段はどんなことしてらっしゃるんですか」的な域を出ない。
聴く側は一生に一回の質問だからそれでいいか知らんが、こっちは毎日毎日同じようなことばかり尋ねられて飽きてしまう。
まして、俺はよくわからんうちに魔王をぶっ叩いたら倒せたというだけ(しかも八百長)という、ことさら回答者として不適格な人間である。
だんだん回答の内容も形式化し始め、うっかり落語のように盛り上げて話し過ぎてしまうのを、抑えるのに必死だった(喋る分には多少盛っておいたほうが楽なのだ)。
道中の苦労話を振られたら、同席しているジゼルやココに適当に話を頼んで、「自分はとにかく、魔王との戦いのことだけを考え続けていました」などと俺自身は殊勝なことだけを語るように気をつける。
道中何があったのか知らないから、というのはもちろんだが、あまり俺が喋りすぎると自慢たらしく聞こえてしまうので、それを避けるため、という意図もあった。
ジゼルとココは真面目だから律儀に毎回、俺のこの会談に立ち会ってくれたが、トリスタはあっという間に退屈して、出席せずにどこかでぶらぶら遊ぶようになっていったが、まあそれは無理からぬことだろう。
こんな調子で祝祭までは恐ろしくつまらない時間を過ごす羽目になったが、ほとんど唯一価値があったのは、隙間の時間にココと話した、「転生術」の話だった。




