21. 新メンバー加入と当然の疑問について
「はァ。まあ、いいんじゃないかい」
母親はあっけなくそう言った。
「マヤも退屈だろうしね。あんたが一緒なら安心だろう。魔王を退治して余裕があるんだったら、相手してやってよ」
なんの感情もこもっていない表情で母親はそう言うと、食べ終えた食器を自ら重ね、片付けに行ってしまった。
陽気な彼女にしては、というより幼い娘に対する母親の反応としては明らかに淡白すぎる……のだが、誰も何も言わない。
もちろん、ここにいる俺以外の全員が、魔王の魔術に支配されているからなのだろう。
本当なら昨日今日突然現れたこの娘を、ここにいる全員が「昔からいた勇者の妹」として認識している。記憶の改竄。
しかし、過去そのものは存在していないのだから、感情的な思い入れというものはない。だから、連れて行くならどうぞご自由に、という反応になるのだろう。
問題なく、妹こと魔王を手元に置いておくことはできそうだ。
先ほどからその魔王の冷たい視線が俺を刺しているが……。
「兄様」
案の定、食事が終わると魔王・マヤは俺の後をついてきて、廊下で話しかけてきた。
「抱っこして」
無表情で俺に向かって手を伸ばす。無論断ってはいけないヤツだ。俺は不承不承、軽い少女を持ち上げ、抱きかかえる。
「……勇者殿は人を驚かせるのが好きと見える」
小さな、俺にだけ聞こえる声で魔王は言った。いや、凄んだ。
「……そんなに驚かせてしまいましたか」
「いや。面白いと思った程度だ」
マヤは無表情のままだ。はたから見れば、仲睦まじい兄妹にしか見えないだろう。俺は言葉を選びながら話し続ける。
「これからのことを考えると、近くにいてもらった方が何かと好都合だと思ってね」
「ふん。まあな」
魔王はそう応じた。俺としても別段、嘘を言っているわけではない。
彼女からすれば例の「約束」を遂行するためには近くにいた方がいい、という意味に聞こえるだろうが、俺からすれば、見た目は少女、中身は魔王という危険物が目の届かないところにいるという事態を回避するための最善の策のつもりだった。
まあ、気持ちとしては時限爆弾を抱えて旅行するようなものなのだが……。
ただ、今の応答で一つわかったことがある。
「約束」というのは俺、勇者と共に行う何かである、ということだ。
昨夜の魔王の言葉だけだと、もしかしたら「平凡な村の娘に生まれ変わって、魔王などという非情な生き方を捨て去り穏やかに暮らしたいから協力しろ」というようなマジ泣ける感じの約束かもしれない可能性がワンチャン残っていたのだが。
そういう受け身な希望ではなく、俺と一緒に何かをやりましょう、というような積極的な約束なのだろう。
はぁ……。
ちなみに今の魔王に対する質問は、俺が前の世界で上司に「あれやっといて。前話した、あれ」などと漠然とした注文を受けた時に上司の機嫌を損ねることなくその「あれ」を推定する際に頻繁に用いていた、「遠回りな会話からの本題の特定術」を援用してみた。
上司の場合はせいぜい、来週の取引先との打ち合わせ用資料まとめといて、程度の案件だったが、魔王少女の場合は果たして、何を一緒にやる羽目になるかはなんとも言えないから恐ろしい。
まあ、なんとなくは見当がつき始めているが……。
「おい」
魔王様が不意に何か言い始めた。はいはいなんですか。
間近で見ると長いまつ毛が麗しい魔王陛下は、ポツリと言った。
「お前……前からそんな喋り方だったか?」




