20. 転生術師と魔王
勇者からの手紙の中に、こんな一文があった。
「そこで、ある魔術師の力を借り、転生術を使って私の精神と、異世界の人物の精神を入れ替えることにしたのだ」
ある魔術師。
どうやら、俺の魂と先代勇者殿の魂を、ご親切にもチェンジしてくれた御仁がこの世界のどこかにおわすらしい。
つまり、そいつは先代勇者からの依頼でそんな非道を働いたという訳で。
おそらく少なからず、事情に通じているはずなのだ。
最低でも、今のこの身体に収まっているのが異世界出身の俺であるということを知っている、唯一の人間なのだから。
一体どこのどいつなのかはわからないが、こんな大事を頼むくらいだから、先代勇者のことはよく知っていることだろう。
尋ねれば先代勇者が何者なのか、どんな人間だったのかが突き止められるはずだ。
そして、なぜこんなことをしたのか、も。
周囲を見渡すと、ポツポツ皆朝食を食べ終わるタイミングだった。
今日は、もう早々に俺たちパーティは村を発って、改めてグラントーマ城に戻り、城下町を挙げての盛大な祝賀祭へ向けての支度を始める予定だ。
「これからグラントーマ城で相談をしてから、世界各地の世話になった方々に会いに行って、祝賀祭に呼びたい人を招いたり、あるいは直接ネルバに乗せてお連れすることになりますね」
俺の隣に座ったココが、まるでマネージャーみたいな調子でそう言う。それはまあ、当然お呼びせねばならないだろう。打ち上げパーティみたいなもんなんだから。
問題は、肝心の俺がどなたが「お世話になった方」なのか把握してないということにあるが。
ともかく。魔王の計画追求も含めて6つのタスク……というかミッション(限りなくインポッシブルな)が今の俺にはあるが、とりあえず迅速に手を打つべきなのは、魔王関係の二つだろう。
現状は幸いにして、魔王は大人しくしているが、いつどんな動きを始めるかこの調子だと見当がつかない。今ちらりと見ると、小さな両手でカップを持ち、牛乳を飲んでいた。
このままだと超ド級の危険を放置したまま、俺はパーティの支度に奔走する羽目になる。となると……。
悩ましいところだが、一か八かで行動した方がいいのかもしれない。
「母さん」
俺はまず口を開いた。村に来てからまともに喋るのはこれが最初になる。母親は目を丸くして言った。
「おやどうしたね。小さい頃からずっと母上様なんて呼んでたのに」
「え。あいや……その、魔王を退治してだいぶ、気持ちに余裕ができて。あんまりお堅い感じじゃない方向で行こうかなと思って」
なんだよ母上様って。一休さんか。村の宿屋の息子の言葉選びとしておかしいだろ。
意外と母親は悪くなさそうな顔で笑った。
「なに、私もその方が気楽でいいよ。で、なんだい。早速うちの宿の宣伝活動手伝ってくれるかい。ありがたいねぇ」
「それはもうちょっとあとで……その、ちょっと思ったんだけどさ。妹……マヤのことなんだけど」
瞬間、視界の隅で魔王がピクリと身を動かすのを感じた。
「昨日の夜、眠れないって起きてきたマヤと話す時間があったんだけどさ。マヤは俺がいない間、村でずっと寂しかったって言っていて。俺も悪いことしたなって感じたんだ。それで、その後マヤとも少し相談したんだけど……」
俺は誰にも口を挟まれないよう、少々早口に言った。
「しばらくマヤを、俺が預かって連れていければと思うんだけど、どうかな」
俺は言ってから、今度は堂々とマヤ……いや、魔王の方を見た。
魔王はまだ牛乳入りのカップを握りつつ、俺を見つめている。
少しずつ、目を細めていくその様子に、俺は冷や汗をかいた。




