2. 中古ゲームのセーブデータ
ハッと周囲を見渡すと、三人の女性……というか女の子が、俺を真摯な眼差しで見つめていた。
一人はザ・女剣士としか言いようのない、ビキニアーマーの金髪少女。年齢はせいぜい、高校生ぐらいだろうか。
前の世界ならバスケ部またはバレー部あたりにいそうだが、視線で人を殺せそうなくらい険しい顔立ちをしている。
次の一人は深いブルーのローブを着た小柄な少女。こちらは中学生くらいに見える。
黒髪に黒い瞳、クラスに一人はいる委員長、ないしは図書委員タイプだ。
いかにもな、水晶付きの杖を握りしめていた。
魔法使い、僧侶かあるいは賢者っぽい。
最後の一人はセクシーな体つきがくっきり見える薄布を身にまとった女性。彼女だけはハタチ過ぎぐらいだろうか。
褐色肌で、壁にもたれかかるポーズが場違いにエロい。踊り子、盗賊、もしかしたら遊び人だろうか。
前世の俺よりは年下だと思うが、なんとなく「お姉さん」と呼びたくなる。
「えーと……どうも」
俺はつい癖で、うだつの上がらないサラリーマンらしい会釈をしてから後悔する。勇者と呼ばれた以上、勇者らしい振る舞いをするべきだった。
案の定、踊り子っぽいお姉さんが胡散臭げな目をしている。
「どうしたんだい勇者さん。あれだけ決死の演説打っといて、今更寝ぼけてるのかい。あんたに命預ける覚悟決めた方の身にもなっておくれよ」
「そうです。勇者様」
今度は賢者少女が生真面目そうに口を開いた。
「勇者様のお導き通りに、今日、ここまでたどり着いたのです。あとはただ、最後の仕上げをするのみ。この世を魔道に落とした悪しき魔王を、打ち砕く時です」
……。
ええと。
いろいろと、確認したいところがある。
まあ百歩譲って、来るなり速攻で魔王戦、というのはいいとしよう。
それぞれの世界で抱えている問題は異なるものだ。早急に最重要課題に着手しなければならない状態なら仕方ない。
気になるのは、彼女たちの言い方だ。
「あれだけの決死の演説」
「勇者様のお導き通り」
言うまでもないが、先程この世界に到着したばかりの俺は、演説を展開した覚えもないし、何かしらのお導きをした記憶もない。
「俺の……言葉通りに」
探り探り、俺は慎重に言葉を選んだ。
三人は深く頷く。賢者女子がまっすぐな目でこちらを見ながら言う。
「『世界は我々の手に握られている。私たちは、希望を生み出すためにここまで来たのだ』……忘れるはずもございません」
あ、そのポエムめいた言葉、俺が言ったことになってるんだ。
続いて、女剣士、女遊び人もぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「……『お前の太刀は、ただ目先の魔物を切るのではない。悪を斬ることで、道を切り開くのだ』……剣技の意義に悩む私を、わずかな言葉で救ってくれたな」
「『賭け事は、人生を生きるだけで十分事足りているのではないか?』なんて、あんた以外に言われたって聞く気は持たなかったろうけどねぇ」
三人ともなんだかしみじみした雰囲気に浸っている。俺は心の動揺を顔に出さないので精一杯だった。
なるほど。わかってきた。
これ、アレだ。
引き継ぎなんだ。
今ここに、勇者としての俺が突如来臨したんじゃない。
さっきまで「勇者」をやっていた奴のこの身体を、どういう魔法の力でだか知らないが、なんらかの事情で引き継いだんだ。
中古ゲーム屋で古いRPGのカートリッジを買ってくると、前の持ち主のセーブデータが残っていることがある。
知らない名前、知らない進行状況。そのデータを選んでみれば、ストーリーの途中から遊ぶことができる。もちろん、その時点でどういう状況なのかさっぱりわからないから、楽しむ余裕なんてないけど。
今、俺が置かれている状況は、それだ。
冷や汗がたらりと流れた。