19. 取り急ぎのタスク管理
翌朝。
朝食を食べる手は、一向に進まなかった。
「ぬ。勇者殿。いつの間に沈黙魔法が解けた?」
ミルクを口に運んでいる俺に気づいたジゼルが、いち早くそう尋ねた。
「え? ああ、昨夜な……」
「ずいぶん早かったのですね。私が見た限り、かなり強く呪文がかかっていたように見受けられたのですが……」
ココが首をかしげると、まだ眠たげな顔をした(きっと夜更かしに慣れているのだろう)トリスタが、あくびしながらフォローしてくれた。
「まあまあ。治ったんだから良いじゃないかい。さすがは勇者様、悪に抗う力は人一倍強いわけだ。ふぁああ」
たぶんトリスタは何かしら察してくれたのだろう。おかげで、同席している母親や他の宿の従業員たちからはなんの質問も出なかった。
もちろん、朝から黒服を着込んでいるあの少女からも。
俺は周囲に気取られないように、ちらりと妹……いや、魔王を見やる。マヤと名乗っていた彼女は、全く目立たない様子でただ黙々と、パンを食べていた。
昨晩はあのあと、部屋に戻ったが結局一睡もできなかった。しかし頭はずっと、猛烈に回転し続けている。
あの話ぶりからして、まだ魔王はすぐに行動を起こすつもりはないのだろう。
「勇者の妹」という都合のいい立場に身を置いて、魔王討伐後の興奮がある程度落ち着く時を待つに違いない。
問題は、どんな行動を起こすつもりなのか、ということだ。
まあ、想像は色々できる。なにせ相手は魔王だ。だが、俺=勇者イネルは、おそらく本来なら奴の計画をきちんと知っているはずなのだ。
迂闊に生半可なことを言って、勇者の中身が別人に入れ替わっている、ということが魔王に悟られたら、どんな危険なことが起きるかしれたものではない。
なんとかして聞き出さなければならないが……疑われずに魔王の計画を問いかけるにはどうするべきか。第一にしなければいけないタスクとしては、これがあるだろう。
そのほかにも、完徹して整理した現状の問題には以下のようなものがある。
1・姫様、ジゼル、ココ、トリスタと四股達成している状況で、彼女たちの殺し合いが発生しないよううまく事を運ぶ。
2・勇者がどんな人間だったのかを出来るだけ具体的に探る。
3・勇者と魔王の関係性についても正確に探る。
4・母さんの宿客寄せ策&村長の村観光政策への協力を頑張ってやんわりと断る。
5・転生術師を探す。
ざっくりとこんなところだろうか。地味に1がしんどい。
というか、最も早く爆発しかねない地雷がこれなのでなんとか穏健に処理したいのだが、個人的にどうやって解決したらいいのか見当もつかなかったりする。
いや、四人もの女性にモテたことなんか一回もねぇよ。
この顔だからたぶんこれからもよりどりみどりなんだろうが、もう白状してしまえば今までの人生ただの一人とも交際経験がないガチ勢の俺には、過剰なモテなどストレスでしかない。
本当に信じられる女性が一人いてくれればもう十分幸せです俺は。
まして、他にも深刻な問題を山ほど背負っている現状で、1にも常時目配りしなきゃいけないなんてやり遂げられる気が全くしない。
ギャルゲー的に考えると、攻略対象としてはバリエーションが多くて大いに結構なのだが、なにせセーブしてやり直すことができない以上、選択には常に細心の注意を要する。
正ヒロインは……おそらく姫様になるのだろうが、背後にあの屈強なお義父様がいらっしゃるのですこぶるストレスフル。
ジゼルは誇り高きザ・女剣士だが裏に回ると甘えん坊というなかなか美味しい性格ではあるものの、少々融通がきかないところが見受けられる。
ココは頭のいい生真面目委員長キャラかつ実はこっちを甘えさせてくれる天女系、という安心感ある娘
だが、なんだかんだ一番年下なのがやや不安。
そしてトリスタは……なんかエッチな匂いしかしない。なんというか……色々とスゴそうなのだが、それがこう……逆に怖い。その、童貞的には。
さてこの中から一人だけ選ぶとしたら誰でしょう(ただし、全員が俺と付き合っていることになっているとする)。
わからんわ。
いや、俺だってこんな能天気なこと考えていたくはない。真面目に魔王の対策を練らないと、いつ奴が動き出すかわからないのだから。
話を戻そう。タスク2と3は、とにかく重要な案件だ。早急に先代勇者の人柄を把握しないと、いつ立ち居振る舞いに矛盾が生じるかしれない。
あと、魔王戦の時はあっけなく魔王を倒すことができたが、あれが八百長だった以上、実際の本気の魔王との実力差については、改めて確認せねばなるまい。
そして、重要になってくるのが5のタスクだ。