118. さらばだ
ココの放った強烈な雷撃は魔王の元へと迸り、そして。
直撃する寸前で、止まった。
「……!?」
俺は、息を飲んだ。
魔王は、冷たい目で背後を振り返り、ココを凝視している。
「……我が気づいていないとでも思っていたか。
最前からココ、そなた一人だけが声が聞こえなくなっていたであろう。我が勇者たちと語らう隙に、密かに背後に回って気取られぬよう呪文を撃ち込むつもりだったわけだな。
先ほどの勇者のカウサ・サターニのしくじりも、爆煙と粉塵で我の視界を塞ぎつつ、我の注意を勇者に集中させることが目的だった……と」
魔王は瞬間的にココの元へ飛び、その服を掴むと彼女の身体を俺に向けて投げつけてきた。
なんとか俺は受け止めたが、ココはぐぅ、と声を上げると気を失った。
「貴様らの魔力では、たとえ全ての魔力を解き放とうと、我に傷を負わせることはできん。仮に隙を狙えたとしてもだ。まして、貴様らの愚策に気付かぬわけもない」
俺たちは、魔王と向き合いながら、何もできずにいた。
魔王には一瞬の隙もなく、もし俺たちが僅かでも動けば、即座に殺すつもりであると無言のうちに示していた。
「さあ、終わりの時間だ」
魔王は再び浮かび上がり、強い力を全身から発し始めている。
その磁場のような力のせいで、周囲の空間が歪んで見えた。
突然、魔王の背中から四本の赤黒い色をした蔦が素早く伸び、俺たち一人一人を固く縛り上げた。
声を出す間も無く、宙に吊り上げられる。蔦は体に深く食い込み、腕や足が千切れそうになる。
ジゼルもトリスタも、汗を流し歯を食いしばりながらその苦痛に耐えていた。気を失っていたココも目を覚まし、もがいている。
そんな中、俺は魔王の動きをただ、無言のまま注視していた。
魔王は、ほんの僅か、寂しげな光を目に浮かべて口を開く。
「残念だよ。お前たちと安らかにこの城で生きることができなくて」
「……」
そのままじっと魔王を見つめていると、彼女は哄笑した。
「イネル。冗談と本気の区別もつかんか。そうか。仕方あるまい」
さらに蔦はきつく締め上げてくる。
もう少し力が加われば、細い骨から順番に砕けていくことがはっきりとわかった。
「さらばだ、友よ」
俺たちを高く持ち上げたまま、魔王はゆっくりと中空を移動していく。
俺は薄れゆく意識の中で、彼女の姿を凝視していた。
魔王はそして、静かに再び、王座に腰を下ろした。
俺は口を開く。
息苦しく、かすれた声しか出なかった。
「……した時」
「ん?」
魔王は応じた。俺は続けた。
少しでも、声が出るように。
「『転生』……した時……俺は……」
魔王が、この俺の小さな声を聞いていなければいけないからだ。
「座って、休んで、いた」
「……それがどうした」
「……」
俺は、ジゼル、ココ、トリスタがまだ意識を失わず、俺の言葉に耳を傾けていることを確かめる。
「なぜなら……魂を書き換える術には、魔法陣が必要だからだ……魔導書にそう書かれていた……。
イネルは、気を失っても周囲の仲間に不審がられないよう、紙に書いた魔法陣を座って踏んだ状態で、術を発動させる呪文を唱えたんだ……」
そして俺は、精一杯息を吸い込むと、魔王に気づかれるより前に、三人の仲間と共に、こう叫んだ。
「エト・イテルム・ナタ!」
魔王の座った椅子の座面から俺たち全員の魔力を使って光り輝く魔法陣が展開し。
広がり。
その力が、魔王を包み込んだ。