110. 言葉
ジゼル、ココと合流してから、三日後。
俺たちは、全員で揃ってグラントーマ城へと旅立った。
目的はもちろん、魔王との決戦だった。
旅の間、俺はほとんど何も口を利かなかった。ジゼル、ココ、トリスタも同じだった。
俺たちは途中までは魔族の若者たちに空から連れて行ってもらい、その先は徒歩で向かった。
この世界のだだっ広い平原を、俺たちは四人、連なって歩いた。目的地へと真っ直ぐに。
風もなく、辺りはずいぶんと静かだった。
ゲームなら、魔王戦直前なら強めのモンスターがたくさん出てくるべきところだろう。
だが今や、襲いかかってくる魔物はどこにもいなかった。そのことがむしろ、恐ろしくすら感じられた。
何しろ代わりに、俺たちのことを憎悪しているごく普通の市井の人々と、そして誰にも気づかれずに潜伏している少女の姿をした魔王が王城にいるのだから。
わかりやすくそこらに凶悪な魔物たちが見えている方が、まだしも良い状態のような気がした。
「……本当に大丈夫か?」
ジゼルが、小さな声で俺に訊いた。俺は頷いた。
「大丈夫だよ」
次第に、グラントーマ城が見えてくる。城の威容はかなり離れた場所からも感じられる。
だが、俺たちの知っているグラントーマ城、そしてその城下町とは様子がすでに変わってしまっているようだった。
「結果的に、かなり強引な手段で呪いをかけたようですね」
ココは呟く。俺は尋ねた。
「てことは、魔王にとっても負担になっているのかな」
「今は多少は。ですが、呪いというのは次第に、まるで塗り薬のように人へと染み込んでいきます。初めは強引であっても、気づけばその呪いは当然のものとして、かけられた者から不可分になっています。なんとか早く、解かなければなりません」
「まさか改めて魔王と戦う羽目になるとはねぇ」
トリスタが感慨深そうに言った。
「ほら、覚えてるかい? 前に魔王と戦った時、戦う直前にイネルが言った言葉。私が言われたのは、『賭け事は、人生を生きるだけで十分事足りているのではないか?』」
俺は苦笑してしまった。キザったらしい。
「あんたが笑っちゃダメだろー。前に聞いたときは結構胸にきたんだけどねぇ。イネルくらい、一か八かの勝負事で生きてる人間に言われると、重みが違うよ」
「私が言われたのは、『お前の太刀は、ただ目先の魔物を切るのではない。悪を斬ることで、道を切り開くのだ』だな」
ジゼルが言った。俺は肩を竦める。
「よく覚えてるな……」
「記憶力は良い方だからな。まあ、落ち着いて考えると、大したことを言っていないような気もするが。だが、魔王というのは単なる魔物ではない、悪そのものだ。道を切り開くには、我々の行先を塞いでいる奴を斬らねばなるまい」
そして、ココは囁くように言った。
「『世界は我々の手に握られている。私たちは、希望を生み出すためにここまで来たのだ』。私も、もちろん忘れてはいません。イネル様」
ココの言葉はイネルに向けられたものなのか、俺に向けられたものなのかはわからなかった。
だが、初めて聞いたときはただクサくて馬鹿馬鹿しく聞こえた言葉も、今となってみれば心に届く気がした。世界はまさに今、俺たち次第で変わってしまうのだ。
最後まで諦めてはならない。
ほんの少しでも希望が見えるのであれば、そこへ向けて手を伸ばすのが。
勇者というものなのだろう。多分。
そうして俺たちは、城下町の門前にたどり着いた。




