109. 聞いて欲しい話
ジゼルは肩を竦めた。
「イネル、お前でやろうとしていたことを、魔王は形を変えて実行に移しただけだ。多少強引にな。
つまり……現グラントーマ王に魔術をかけ、精神を支配し、人間の側から世界を手中に収めようとしている」
「私たちを『邪悪なる偽勇者の仲間だ』と王に言わせて、武力で追い出されました。そこに彼らがやってきてくれて……」
ココは暗い表情で魔族たちを指し示し、そして感謝した。
「すんでのところで助かりました。ありがとうございます」
「いえいえッス。こっちとしちゃこっそり連れ出すのが一番苦労するだろうと踏んでたのに、逃亡の手助けすることになって結果ラクできたんで。
ただ、俺らが連れてったせいで余計に魔族の仲間だと思われてたっぽいッスけど」
そりゃそうだろう。無理もない。
ジゼルは、疲れた顔で言う。
「いきなり現れた魔族に連れて行ってもらうのは正直不安ではあったが……しかし見知った兵士たちに袋叩きにされて殺されるよりはマシだと思ってな。
あの様子だと、魔王は兵士たちにも何がしかの幻術をかけているだろう。それに、この魔族たちは一見して人が良さそうな顔をしていたし」
そんな理由でいいのか。
確かに、ぱっと見でも普通の魔族よりはかなり柔和で、かつどこかいい加減そうな雰囲気を醸し出してはいるが。
「しっかし、なんでイネルに対してもグラントーマ王と同じ手を使わなかったんだろうねぇ。その方が簡単だったろうに」
トリスタが首を傾げている。
俺は少し考えて答えた。
「多分……強引に魔術を使って精神を支配する方法だと、長続きさせるのが大変だからじゃないか? 俺が魔王と直接話していた印象だと、かなりの合理主義者だから。
魔術を使わず政治力だけで操る方法、というか自信があるなら、そちらを選びそうな性格だった」
それと……これはあえて言うつもりはないが、おそらく魔王は、イネルのことが気に入っていたのだ。今まで接してきた印象からして。
こんなことは、魔王本人も認めようとはしないだろうが。
だから、精神を支配するのでなく、あくまで手中で、自由に動かしたかったのだろう。きっと。
お気に入りを言葉巧みに(なんなら親しいくらいの距離感で)手駒として扱いながら、自分は面倒ごとから引退し、裏でのんびりと余生を謳歌する。悪くなさそうだ。
少なくともその計画は頓挫しているのだから、イネルの作戦はある程度は成功している、といっていいのかもしれない。
「とにかく……早く魔王をなんとかしなければ、今度こそ世界を手にしてしまうぞ。それも、グラントーマ王の力を使って。それに……今のままだと、フィオナ姫も危ない」
「姫はどうしてるんだ」
「……何も知らずにただ怯えて、助けを待っている。お父君が魔王に支配されていることもご存知なく、偽勇者騒動の結果、事態が悪化していると信じているはずだ。
私たちが逃げる直前には、王陛下は城下町や隣国におふれを出そうとしていた。
『魔王の化身である偽の勇者が、世界を牛耳ろうとしている』と。
偽勇者を探し、火炙りにしなければならない、と。
そのためには手段は選ばない、勇者に協力した者は同罪として処刑する、とまで……このままでは世界中は、大変な混乱に陥る。そして姫も危険にさらされる。
私たちが姫を、助けにいかなければ……」
「……」
俺は、考えた。
イネル。イネルはこの事態を想定していなかったのか?
見栄っ張りで、ちょっとアホで、でも実際は一生懸命で、目の前で苦しみ悩む人間がいたら後のこともろくに考えずに仲間にして、冒険の末に魔王まで後一歩と思われるところまで辿り着き、父から受け継いだ夢を叶え、そして……魔王の策略を潰すために、転生してみせた……。
そうだ。
「そうだ、ココ!」
俺に呼ばれ、ココはびくりと身を震わせた。
やはり俺が「偽物」だったことのショックから、まだ立ち直りきっていないのだろう。申し訳ないが、そう言ってばかりもいられない。
確かめなければならないのだ。
「例の魔術の古文書、読み解けたんだよな?」
「は、はい……」
「転生の術は……」
「それが……どこにも書かれていませんでした。
フィオナ姫が『転生』という単語があった、と仰せでしたが、その言葉が書かれていたページには、『転生の術は砂漠の民に伝わっているとされているが、現在その方法は不明である』とだけしか……。
確かにあの古文書はかなり高度な魔術ばかりが書かれていました。昼と夜を入れ替えるであるとか、人間の魂を書き換えるであるとか、天空から神龍を召喚するであるとか、他人の夢の中に入り込むであるとか……。
ですが残念ながら、異世界への転生の術はどこにも書かれていませんでした」
ならば。
どうやってイネルは転生したのか。
なぜ、古文書を調べた後でフィオナ姫に「転生の術が見つかった」と言ったのか。
その時。
トリスタが、口を開いた。
「あのさ。ちょっと……落ち着いて聞いて欲しい話が、あるんだけどさ」