106. 若き魔族たち
「なあ、本当に他の手段はないか?」
「うるさいなー。あるんなら教えてよぅ」
トリスタは口を尖らせる。
もう一回整理しよう。
ココにすぐ連絡する手段がない。
俺が彼女の元へ行くことはできない。
かといってトリスタが戻ってココを連れ帰ってくると城の人々に怪しまれる(確かに「二人が行く先に勇者がいます」と言って回っているようなものだろう)。
だから、誰か他の人に連れてきてもらうより他、現状方法がない。
そこまではロジックで理解できた。
だからといってトリスタの知人の魔族に誘拐してきてもらうのはことを荒立てすぎではないのか?
「……自転車が手に入らないから戦車で代用するような話のような気がする」
「ジテンシャって何?」
とぼけた顔をしてトリスタは首を傾げた。
とにかく、自由に動かせる上にすぐさまグラントーマまで行ってこられる知人が、魔族しかいないらしい。
来てくれたのはトリスタの遠い親戚にあたる若い魔族達だそうだ。俺は心配になって、トリスタに尋ねた。
「彼らは……平気なのか? 俺と一緒にいても」
「いやー、全然大丈夫ッスよ」
すると、魔族の一人、おそらくは男らしい奴がすこぶる軽い調子て言ってのけた。
「もう魔族の間でも、勇者が実は偽物だったって話は広まってるんで。恐怖感激減つーか。なんか陰謀があるんじゃねーっかって盛り上がってます。どうなんスか、実際?」
「……」
あまりにお気軽すぎてリアクションに困っていると、トリスタが補足した。
「あ、この子達、別に魔族の中心的な連中と全然繋がってないから、心配しなくていいよぉ。なんせ私の親戚なわけだし」
「? どういう意味だ」
「だって、私のお父さんって人間のお母さんと結ばれたから、爪弾きにあってさー。親戚一同ひどい扱い受けてるから。こいつらが勇者のこと何知ったって、魔族のえらいさんには絶対届かないから平気だよ」
トリスタが言うと、魔族の若者達はゲラゲラ笑った。
笑う彼らに取り囲まれていると、なかなかの恐怖感がある。
今度は魔族の女の子(だと思う。声が若干高い)が言った。
「ウチらが底辺なの、見たらわかるっしょ?」
そう言われても、服装からも表情からも社会的にどんな立場かなんて読み取れない。
前に会った魔将軍とかいう奴は多分えらい人なのだろうが、外見的には俺から見れば大差なかった。
俺はこれ以上の追求を諦めて、トリスタに訊く。
「彼らに、ココをさらってきてもらうってこと? そんなことしたら、彼らだって無事じゃ済まないぞ。だいたいココだって、魔法使いとはいえかなり攻撃力も高い方だし……」
「マジの誘拐じゃないから大丈夫だって。そういうの得意だから。私がきっちり作戦立ててやるから心配しないでー」
トリスタが作戦立てるから心配なのだが、その辺りはわかっていただけないらしい。
「あ、そういえばさー」
さらに別の女子魔族が、思い出したように言った。
「魔王陛下の噂話はどうなったんだっけ、あれ」
「あれって結局マジなんっしょ? どうなんスか? 勇者さん」
男子魔族が問うが、なんの話だかわからない。
俺が訝しむと、彼は続けて言った。
「本当は魔王陛下が生きていて、復権の時を狙ってる、っていう」
「……」
俺はつい、口籠ってしまう。それを見た魔族の青年は笑った。
「あー、やっぱそうなんスね。死んだフリしてこの世界を牛耳ろうとしてるって。これ、割と魔王陛下崩御って伝えられた直後からいろんな人が言ってますから、無理に隠さなくても大丈夫っスよ」
愉快そうに彼らは笑い合っている。なんだか、俺が魔王と魔族に対して抱いていたイメージと違っていた。
すると、俺のそんな表情を見たのか、彼は続けてこう言った。
「いや、だってあんな強い魔王陛下が勇者一人で頑張ったぐらいで速攻で死ぬわけないし。ああいう性格の陛下だから何か策略があってやってるんだろうなーって誰でも思いますよ。それに、魔族の支配自体も自分が死んだふりをした方が何かと楽でしょうし」
「どういうこと?」
「だって……魔王陛下って、魔族に全然好かれてはなかったッスから」
魔族の青年は肩を竦めた。
「とにかく魔力が強いからみんな従ってるだけで。頭もいいし凄いお方ッスけど、どっちかってと……積極的に付き合い続けたい感じではないッスね。ご自分でもそれをわかってたから、表舞台から姿を消した方がやりやすいって考えたんじゃないッスか?」
俺はその意見を聞いて、沈黙した。




