105. 非常手段
「かなぁって……どういう意味だよ」
俺は怪訝な表情を浮かべた。トリスタらしくない、やけに思わせぶりな物言いである。
彼女は、洞窟の薄暗い光の中で肩を竦めた。
「他の可能性はないのかなぁって。ただそれだけ。特に意見はないけど」
「……他の可能性も何も、イネル自身が正解を書き残していたんだから。入れ替わり転生ってだけだろう」
「まぁねぇ……」
まだ何か言いたげなトリスタに、俺は若干の苛立ちを覚える。
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり……」
「本当にないよ。私は勘で生きてる方だから。理由はなくても引っ掛かりを感じることなんかよくあるのさ。そんな気にしなくていいよ。
そんなことより、ココとどうやって会うかを考えないと。それか、魔王を本当に退治する方法を考えるか、どちらかだけど」
どちらもすこぶる難題だ。どちらかといえば前者の方が考えやすそうだった。
単純に、城に会いに行くのは不可能なのだから、こちらへ会いにきてもらうか、どこかで落ち合うかしかない。いつまでも同じ洞窟にいるのは危険が伴うので、できればどこか安全な場所へ向かった方がいいだろう。
グラントーマの人々に見つからない場所ならいくらでもあるだろうが、問題はどうやって、そこまでココに来てもらうか、だった。
電話もメールもない世界では、遠距離では連絡の取りようがない。テレパシーか何か使えないだろうか。
「デンワって何?」
そこまで話したところでトリスタが尋ねた。
「え?」
「デンワ。何それ」
「それは……こう、手に持って、その機械に話しかけると、遠くにいる人と会話することができるっていう……」
改まって電話の説明を求められると結構戸惑う。
「へー。それは便利なわけ?」
「そりゃ……今みたいな状況で、すぐにココに連絡とったりできるんだから。便利だよ」
なんというか……こういう「前の世界についての質問責め」シチュエーションって普通、もっと早い段階で起きるイベントのような気がするが。
でもこれも無理ないのかもしれない。俺が転生者だと知っているのはジゼルとフィオナ姫だけだったわけで、この二人は極度に真面目かつ極度に興味関心が偏っているせいで、こういう普通の人が質問するようなことを何も訊いてこなかった。
トリスタの方がむしろ一般的な感性だろう。
「じゃあ、そのデンワがないんだったら、私が直接伝えに行くか……でも流石に私がいきなり戻ってきてあの子を連れてったら、不審がられそうな気はするねぇ。
じゃあ……私にしか出来ない方法で、連れてくるしかないかー」
「……トリスタにしか出来ない方法?」
そう俺が言うと、彼女はニヤーっと口元に笑みを浮かべた。
ものすごく、嫌な予感がする。
* *
半日後。俺は、親しげな表情を浮かべた魔族に取り囲まれていた。
一応、勇者なのに。
一種の汚職のような気がする。
今、俺たちがいるのは洞窟から少し離れた場所にある深い森の中である。
かなりの密林で、ナイフで切り開いていかなければまともに前に進めない。
わざわざここまで来たのは、「洞窟に『彼ら』を呼び出しても来てはくれない」というトリスタの言葉に従ってのことだった。逃げ場がないからだろう。
森の奥までやってきてから、トリスタはおもむろに取り出した掌に収まる程度の笛を吹いた。
音は聞こえなかったが、おそらく魔族にしか聞こえない、とかそういう何かに違いない。
そして、若干の期待とともにしばらくその場で待った。
十分経っても何も来ない。
「……まだ?」
俺が聞くと、当たり前じゃん、とトリスタは笑った。
「別に一日中私のために待機してるわけじゃないから。手が空いたら来てくれると思うけど」
確かに正論である。笛を吹いたりボタンを押したり呪文を唱えたらいつでもすぐに来てくれる仲間の方が異常だ。
その後ずっと、数十分おきに笛を吹いては待ち、を繰り返していたところ、半日経ってようやく、バサバサという大きな翼が羽ばたく音とともに、巨大な黒い影が上空を舞い始めた。
影は四つ、いや、五つある。一眼で邪悪な存在とわかる。
……ココ誘拐計画の協力者たちだ。