104. 三つの可能性
ただ、この状況ではココに会って話を聞く、と言っても俺の方が会いに行くわけにもいかない。
彼女に来てもらうか、どこかで落ち合うしかないだろうが、
「あの子が妙な行動すると目に付くだろうねぇ。直接監視まではされてないだろうけど、何せ非常事態だから。どこへ行って何をするつもりなのかぐらいは訊かれそうな雰囲気だったよ」
トリスタは肩を竦めた。俺は違和感を覚える。
「え、でもなんでトリスタは大丈夫だったんだ?」
「それはほら、私だから。普段からあっち行ってフラフラ、こっち行ってフラフラしてるやつにいちいち監視なんてつけないって。ハハハ」
至って気楽なものである。
なんにせよ、ココが調べた例の古文書の真相は知っておきたい。
だが、今城に乗り込んでいけばよくて俺が捕まる、悪ければ城の兵士たちと一大戦争に陥る。そんな虚しい話はない。
それに、実のところ古文書の真相云々は優先順位で言えばだいぶ低い。
重要なのは、今のこの状況で魔王がどう動くか、の方だろう。
だが……それにしたところでこんな辺鄙な場所にある洞窟でうんうん唸ってたところでどうにもならない。
何か方法を考えなければ。
腕組みをしてそんなことに頭を使っている俺を眺めながら、なぜかトリスタはニヤついていた。俺は睨み付ける。
「なんだよ」
「いやぁ、私が来た時とは随分雰囲気変わって、よかったなぁって。来た甲斐があったよ。来たばっかりの時なんて、妙な呪いにでもかかって五十くらい老け込んだ顔してたもの」
言われてみれば、確かについさっき、トリスタが来るまで俺は、生きてる意義が見出せないとかそんなようなことを考え込んでいた気がする。
彼女一人と会話するだけで、その時の思い込みや打ち沈みはどこかへ飛んでいってしまった。
自分の単純さになかなか恥ずかしい気持ちになる。
「そんなもんだよぅ。たった一人で考え込んでると、人間凝り固まっておかしな行動に出たりするもんだから。気軽に他の人間に相談すればいいのさ。
私は、イネルだってそうだと思ってるよ。わざわざ転生してまで世界を守ろうとしなくたって、もっとやりようはいくらでもあったんじゃないのかって。
私たちに相談してくれりゃいいのに。薄情だよねぇ」
まあ、確かにそうだ。
最終手段に手を伸ばすまで、勝手に孤独に追い込まれてた、と言えばそうなのかもしれない。
「あんたも面倒なことに巻き込まれたもんだけど、よくそんな『転生』なんて珍奇な状況に追い込まれて冷静に勇者のフリなんかできたもんだよね。
私だったら混乱して暴れ出したりしそうなもんだけど。一体何が起きてるんだーって」
「ああ、まあ……意外と大丈夫なもんだよ」
前の世界にはそういう創作物が山ほどあって、それで予習してたおかげでパニくらずに済んだんです、なんて言ったって、多分意味がわからないだろう。
俺はトリスタを混乱させないよう考えつつ、当時の自分の思考をざっくりと答えた。
「この身体に転生してきたばっかりの時は、三つの可能性があるって思ってたな。
一つは、先代、つまりイネルの精神がなんらかの事情でこの世から消え去ったため、空いた肉体に俺が入り込んだ、という可能性。
これが一番単純でわかりやすいよな。
次に考えたのは、実は今もまだ、この身体の中に先代イネルの魂はまだ眠っている! そこに俺も入り込んでしまった、という可能性。
で、最後に考えたのは玉突き事故、っていうか……わかるかな。俺がこの肉体に入り込むと同時に先代が外に出て行って、という形で、はじき出されてイネルの魂がどっかに行った、っていう可能性な。
考えられるのはこの三つぐらいだなーって。で、結果的には最後の一つが正しかったわけだけど……でももしかしたら、あの当時も俺、混乱してたのかもしれないぜ。現実逃避でこんな理屈をちまちま考えてただけで」
「三つ、ねぇ」
トリスタは、不意にポツリと呟いた。
「……三つ、かなぁ」