103. 古文書の中身
「ちょっと待ってくれトリスタ。今なんて?」
俺は慌てて聞き返した。
褐色の美女は、首を傾げる。
「だから、ココが言ってたのさ。『あの魔術書には転生の方法は結局書かれていなかった』って。最後まで解読できたらしいよ」
俺はその言葉の意味がわからず、しばらく考え込んだ。
あの魔術書にもない? では、どうやってイネルは転生の術を実行したんだ? トリスタの部族にももう伝わっていないような秘術を。
いや、それ以前に、フィオナ姫によればイネルはこう言っていた。
『数日後、イネル様は笑みを浮かべて、私に感謝のお言葉をくださいました。転生の方法が見つかった、と』
古い魔術書を調べていたイネルは、その本を読んで転生の方法を見つけた、と言っていたのだ。
それ以前に、フィオナ姫はその古文書をパラ読みして、部分的に読める古語の中に「転生」という単語があったから、その本をイネルに渡したのだ、と言っていた。
あれはなんだったのだ?
ココの読解が確かならば、少なくともイネルは、嘘をついているという事になる。
だが、なんのために?
フィオナ姫の顔を立てるためだろうか。実際に読んでみたら、本に転生の方法など書いていなかったけれど、姫が傷つくといけないから適当を喋った。
イネルの性格からするとあり得そうな話ではあるが。
だがだとすれば、やはりどうやって俺との入れ替わり転生をやってのけたのだろうか。
俺が腕を組んで考え込んでしまったのを見てか、トリスタは肩をすくめた。
「私が出てくる前には、ココ、『もう一回しっかり読み返してみる』って言ってたから。次聞いてみたら何かわかってるかもねー」
「ちなみに……ジゼルやココやフィオナ姫って今、どんな様子?」
「ジゼルはすごく忙しいよ。何せ王様が怒っちゃってるから、あんたの事情は全部わかってても王様の命令に形上は付き合わないといけないし。
兵士たちに、勇者捜索の指示を出しては、隙間の時間にあんたをなんとか救い出す方法がないかって一生懸命考えてるよ。思いつかないみたいだけどねぇ。
ココは……最初はすごく怒ってたかな」
「……」
無理もない。
あれだけ純粋に、告白してくれたのだから。
「でも、私があんた探しに出る前にはさっきみたいに、古文書の解読結果とか教えてくれるくらい冷静になってから、もう落ち着いてるんじゃない? 頭いい子だし。わかってくれるでしょ。多分。
姫様は、私たちに相談しに来たよ。大変なことになってしまった、今の勇者様を助けるためにも、自分は洗いざらい知っていることを王に話した方がいいだろうか、って。
姫はあんたの中身が入れ替わってることを知ってたんだね。
とりあえず、どうなるか先のことがまだわからないから、話さないように姫様には伝えておいたけど」
相変わらず、姫様はいい人のようだった。トリスタは話を続ける。
「姫様からうまく話せば陛下もお許しくださるかもしれないけれど、今は本当に怒り心頭だからねぇ。迂闊に話せば『姫も騙されておる!』とか仰せになるかもしれないし。慎重にならないと」
「なるほどね……」
俺は深々とため息をついた。
すると、トリスタはバンバンと俺の背中を勢いよく叩いてくる。思わずむせ返った。
「若い男がため息なんかつかない! さあ、トリスタ姉さんが助けになってあげるよぅ。とりあえず何がしたい?」
「とりあえず……ココに詳しい話を聞かないと」