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先代勇者の名にかけて!〜転生したらクリア直前だったんだが〜  作者: 彩宮菜夏
第7章 決して諦めぬ者
102/120

102. ひとときの安らぎ

 呼び声に慌てて剣を手に取り、戦闘態勢を取ったが、


「ちょっとちょっと。私だって」


 と能天気声の主はヘラヘラ手を振りつつ、洞窟の中に入ってきた。


 それはトリスタだった。


 俺はキョトンとして彼女を見据える。

 どうやってここへきたのか。のみならず、何をしにきたのか。

 さては、後ろに城の人々がいるのではないか。俺は再び、剣の柄を握りしめる。


「いやいや待ってって。私一人だからさ。安心してよ、イネル……じゃないんだっけ? 別にいいけど」


 トリスタは全く意に介さず俺のすぐそばまでやってくると、近場の岩に腰を下ろした。

 相変わらずの露出度の高い服を着ているが、その態度は話しやすい男友達のようだった。


「誰もあんたの飛んだ先、突き止められてないよ。ジゼルもココも。城の人総出で探ってるけど、全然頓珍漢なところ探してる。どこかに協力者がいるんじゃないかーとか。だから当分安心してて平気だよ」


「じ、じゃあトリスタはどうして……」


「え? あの呪文使ったから、今まで行ったことのある街や村の近くのどこかへ向かってるってことでしょ? あとはほら、勘。私勘いいんだよ」


 トリスタは相変わらず笑っている。その笑顔を見つめているうち、次第に俺は方法がわかってきた。


「そうか、魔族の……」


 と口走ったところで急いで俺は口をつぐむ。

 しかし、トリスタはそれを聞いても全く動じていなかった。


「ああ、そういや私がお父さんと会ってるの見てたね、あんた」


「!?」


 むしろ俺の方が動揺のあまり目が泳ぎはじめたが、彼女は肩を揺らすばかりだった。


「そりゃ気付くよー。あんな距離まで砂漠で近づいてきて、魔族の血が混じってなくたって普通わかるんじゃない? 別にいーんだけどさあ」


 まあ、そんなわけで半魔族の勘でここまでたどり着けたわけ、と褐色の美女は軽々しく言ってのけた。


「勘っていうか匂いとか気配とかいろいろあるんだけど、説明してもわかんないと思うからやめとくね。一応だけど、誰にも言ってないし誰にもつけられてないから私。安心して。で、どうすんのこれから」


 トリスタはずばりと切り込んできた。俺は目を逸らす。


「どうって……」


「ジゼルから聞いたよ。一通りの事情。あんたがいなくなった日の晩に、誰にも目をつけられない場所でココと私に全部話してくれた。


 あんたがよくわかんない異世界から、イネルに呼び出されてやってきた人で、なんとか大真面目にその転生って状況を乗り切ろうとして、そしたら実は死んでなかった魔王が勝手に妹になってて脅迫してきたって」


 苦労人だねぇ、と他人事のようにトリスタは曰う。実際他人事なのだけれども。

 俺は尋ねた。


「マヤは今は……」


「大人しくしてるよ。ちゃんと『勇者だと信じてたお兄ちゃんが実は偽物だったことに衝撃を受けてる妹』っていう感じで今も黙って城にいる。ジゼルやココや私が正体知ってるって、あの魔王はまだ知らないから。


 でもまあ、こういう状況になったらいつまた暴れだすかわからないけどねぇ。利用するつもりだった勇者が、全然別物だって世間に広まっちゃったんだから」


 そんなことを喋りながら、トリスタは腰にぶら下げていた荷物袋から干した果物か何かを取り出してもぐもぐ食べはじめた。

 女子っぽいとは思うが、深刻なことを話しているはずなのに全然緊張感がない。おかげで久方ぶりに、こちらも気が抜けてしまった。


 もぐもぐしながら彼女は話し続ける。


「このまま逃げ回り続けても一生何も変わらないと思うけど。でも、あんたがそうしたいって言うんなら否定はしないよぉ。気持ちはよくわかるから。わざわざ怖いものに立ち向いたくないよね。うん」


「……」


 正直、俺もそうしたい気分だった。

 もう「勇者」という称号からは、良くも悪くも解放されたのだから。


 この短期間でも、重すぎて押し潰されそうだった。もはや魔王などと戦わなければならない、責任あるポジションでい続けたいとは思えなかった。


 幸い、この世界にはネットなんかないので「勇者イネル」の顔は全世界に広まったりはしていないから、黙ってしれっと生活している分には露見しないだろう。

 そんな余生も、悪くないかもしれない。


 暗い表情の俺が何も言わないのにうんざりしたのか、トリスタは話題を変えた。


「……結局やっぱりさぁ。イネルが転生してあんたと入れ替わったのは、あの王位継承の儀で勇者が別人になってることを明かして、魔王の計略を阻止するためだったのかねぇ」


 それはそういうことになるだろう。俺も、この段に至ってようやくわかった。あの継承の儀に、イネルは全てを賭けていたのだろう。

 トリスタは呟いている。


「あんたがいなくなってから、城下町はてんやわんやだよ。精霊様がおっしゃっていたということは、勇者様は間違いなく偽物だった、ということはあのお方はなんだったんだ、騙された、って。


 深い事情なんか誰も掘り下げたりしないから、噂話が蔓延して、『勇者様』の立場は綺麗さっぱり失われたよ。これもイネルの計画通りなんだろうね」


 勇者の力を使って世界を支配するという魔王の謀略。

 イネル自身が生きている限りは、食い止めることが難しい。とはいえ、自ら死んだとしたら今度は死んだ自分を利用して魔王が何をするかわからない。

 遺体を操作するぐらいの荒技は、あいつなら平気でするだろう。魔王を打ち倒した勇者という存在の権威が有る限り、状況は変わらないのだ。


 完璧に阻止するには、「魔王に気づかれないうちに生きながらにして別人になることで、勇者という存在の価値を失墜させる」という非常に特殊な状況を力技ででも作り出さざるを得なかったのだ。おそらく。


 とはいえ、転生していってしまっては結局やっぱり無責任だったのではと、この状況に陥った俺は感じるのだが。


「ただ……なんか、ココが言ってたんだよなぁ」


 トリスタはさらにボソリと言った。


「『でもあの本には転生の方法なんて、書いてなかった』って」


「……え?」

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