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先代勇者の名にかけて!〜転生したらクリア直前だったんだが〜  作者: 彩宮菜夏
第6章 王位継承の儀
100/120

100. 女神の言葉

《初めまして、勇者》


 と、その耳の奥深くまで乗り込んでくるような深い、女性の声は言った。

 脳の中で響いているような感覚があった。優しい声、というのとも違う。絶対的に逆らうことのできない母親のような声、という印象だった。わかりにくいけれど。


 たった一人、山の頂上にいる俺は頼るあてもなく、ただ「はい」と答えた。

 見回すまでもなく、山頂に女性なんていないし、そもそも人間の声とはとても思えなかった。


 しばらく沈黙が続いたので、


「ええと、神様ですか」


 と俺はアホみたいなことを尋ねた。でも他に表現しようがない。

 あいにく俺の質問が頭悪すぎたのか、神様的存在からの返答はなかった。


《そなたの名は》


「……イネル、です」


《嘘偽りなく、か》


「……はい」


 俺は、若干の緊張の中でそう答えた。今、何を試されているのかわからなかった。

 声の主は、続けて尋ねた。


《そなたに、王家を継ぐ資格はあるか》


「……わかりません」


 俺に訊かれても、というのが正直なところだ。というか、この声の主が決めるものではないのだろうか。


《そなたでないなら、誰なら王に相応しいか》


 だんだん、心理テストにでも答えているような心地になってきた。

 誰が相応しいかと問われれば、俺は本物のイネルだろう、と思う。言えないけれど。


 とにかく、答えられることは全て正直に答えることに決めた。


「相応しいのは……俺以外に大勢いるんじゃないでしょうか」


 ジゼルだっていい。フィオナ姫でもいい。

 人に慕われ、その資格を持つ者は他にもいるだろう。俺ではない。


《何ゆえ、そなたは王に相応しくないと思うか》


「……」


 答えようがなかった。


《そなたは王になりたいか》


「……なりたく……ありません」


 この後に及んでみっともないことこの上ない。まるで反抗期の子供みたいな答えだ。


《良かろう。だが、決めるのは私だ》


 声は急に、そんな自我を持った言葉を吐いた。


 そして次の瞬間、巨大な女神様の姿が、山頂に揺らぎながら現れた。まるで彫像のように表情が感じられない、生気のない相貌をしていた。俺は思わず、たじろいだ。


《そなたの望みは理解した。そなたには、望みがない。そなたはただ、今そうして生きることに精一杯で、この世界に負い目を覚えている。そなたは己が何者でもないと感じている。そなたは己が偽りだと思っている。そなたは何も望むべきではないと考えている。

 小さき者どもよ。聞くが良い》


 女神がそう言った途端、その深い声はさらに大きく、この世界全体に広がるような力を備えた。山の麓に集まる王国民たちにも、十分に届いたことだろう。


《己に不足を覚え、己の未熟に絶望する者は、王にふさわしい。己を強者とも、正義とも思わぬ者は、王にふさわしい。己の望みのなき者は、真に王にふさわしい。私はこの者に、王の資格を与える。

 しかし、この者の供えしグリンファルに、この者の魂の欠片は込められておらぬ》


 え……?

 山の四方に響き渡る声は、宣告した。


《グリンファルには本来、勇者の守護として魂の欠片が込められる。だが、このグリンファルには、山頂に参ったこの勇者の魂は無い。

 この者は、グリンファルを作った勇者とは別人である。どこから来た何者であるかはわからぬ。だが、本来の勇者ではない》


 その上で王とみなすか否かは、民草に委ねよう。

 そう、女神の声は宣言し、そして女神の姿は掠れ消えていった。


 なんてことだ。


 証明する方法が見つからないと思っていたが、ここにあったのだ。勇者の体の中に入っている魂が別人のものだと明言された。

 証明者はこの上なく信用のおける存在。

 神。


 俺はくるりと踵を返すと、山道を下り始めた。

 麓の人々がどうなっているかを想像しながら。

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