1. 目覚めて2分で即ラスボス
目を覚ますと、異世界だった。
ぼやけた視界に映っているのは、一部が砕けて苔むした石造りの壁面。
千切れた赤絨毯。
流れる得体の知れない黒い液体。
見るからに邪悪そうな魔物の像の列。
あちらこちらに揺らめく、蝋燭の灯り。
遥か遠方には、棘や角が生えまくった不気味で巨大な扉がある。
そして、あちらこちらの物陰には、明らかに人間でも動物でもない異形……モンスターの姿が妖しく蠢いており、俺のいる場所の様子を伺っている。
どこからどう見ても、ここは異世界だ。
俺はゆっくりと身体を起こす。壁にもたれかかるようにして座っていたのだ。
頭痛を覚えて頭を触ると、自分が金色に輝く鎧を身につけて……いや、装備していることに気づいた。
慌てて自分の両手を確認したとき、その磨き上げた鏡のような鎧に反射して、「自分の顔」が見えた。
いや、それが自分の顔だと悟るまで、少し時間がかかった。
美しい碧眼。染めたのではない鮮やかな赤毛。意志の強さを感じさせる眉。高く美しい鼻。
どこからどう見ても、よく知る俺の残念な顔じゃない。
ここまできて俺はようやく合点がいった。
あれだ。
俺はどうやら、転生したらしい。
前の世界で最後に覚えているのは、会社の前の横断歩道をフラフラ歩いている記憶だ。
前日終電までアホみたいに働いて、翌日も普通に8時半出社。
黄色い太陽に照らされながらフラフラぼんやり歩いていると「逃げろー」という誰かの声が遠くから聞こえ。
気づいたら、宙を舞っていた。
印象に残ったのは、俺を跳ね飛ばしたらしい不運な大型トラックと、なぜか道端を歩いていた綺麗な白猫が、俺を見つめ返している姿だけだった。
首を振ってから数回、自分の手をグーパーして具合を確かめると、俺はゆっくり立ち上がる。何せ、手を動かすだけでもこの世界では初めての経験なのだから。
すると近くから女の鋭い声音が聞こえた。
「勇者殿。目覚められたか」
明らかに俺の知らない言語なのに、全て意味が理解できる。
やはりこれは転生のようだ。
のみならず、どうやら俺はありがたいことに「勇者様」へと転生したらしい。何よりである。
前の世界でも、勇者が出てくるゲームはずいぶんプレイしていた。勇者らしく振舞うことぐらいはできるだろう、多分。
ラノベとかアニメも結構かじってた方だから、だいたい異世界転生の流れというか、お作法的なヤツはわかっているつもりだ。
いきなり最弱のモンスターに転生してしまったり。
そうでなくても、赤ん坊から人生をやり直さなければならなかったり。
この手のだと時間がかかったり頭を使ったりと何かと苦労する羽目になるが、幸い「勇者」と呼ばれてイケメンになっている以上、そういう系ではないだろう。
いわゆる「無双」できるやつだ。
あと考えられるのは、何かしらこの世界に問題があって、それを解決するために俺が召喚されたパターン。
上質な装備品も整えられている様子だから、おそらくこっちではないか。
ということは、これから努力してこの世界を救わなければならないのかもしれない。
何かチートになる前の世界の専門知識があればいいが、あいにく俺は普通のメーカー勤務のリーマンだったので、特に何もない。
だとすれば、転生のタイミングで何か特別な能力が一つだけ授けられたりしているのだろうか……?
過去に観賞してきたアニメや読んだ漫画にラノベのことを思い返しつつ、そんな余計なことをぼやぼや考えていると、先ほどの女の声が続けてこう言った。
「さあ、もう待ちきれませぬ。あとは勇者殿が命じてくだされば、我々はすぐにでも魔王に挑みます。準備はもう整っているのですから。
共に歩んできた旅の終点へ、向かいましょう」
……ん? 今なんて?