異次元の戦い
同時刻。
アンチ・マギアの多重結界に守られる実験室に、ムジークは両親を呼んで例の本契約を進めていた。
長い契約文をつらつらと言い続け、何度か眠りかけたムジーク。
ほぼ契約を終えかけたところで、マギアが自身の感覚に違和感を覚え、叫ぶ。
「私の結界に、膨大な魔力と、次元の歪みを観測! 間違いなくDOOMSの顕現だわ。
それも、意図的な!」
ムジークも驚く。
「なんだって。DOOMS?
あの化け物どもか」
「くっそー……。
前からマークしていた場所の一つだったけど。あれが当たりか……。」
頭を抱えて半分うずくまるような格好をするマギアに、ムジークが、
「例のテロ組織か?」
と鋭い疑問をぶつける。
「結界以外にも銃や兵器、食料の流入を厳しく監視していたのに、それを抜けられた。
ましてや、異次元世界までは私の管轄外よ。
下手を打てば、核か、最高クラスの通常兵器の投入が必要だわ。
でも、いくらこの国が唯一の超大国だとしても、複数の大小諸国家が管理するあの地域一体に大規模攻撃はできない。
それをしたら、国際社会が大荒れになるわ。
被害を最小に抑えたい。
私と契約して、魔法剣士になってくれる? ムジーク」
結論から言うと、アストラルの一縷の望みは儚くも散った。
「つまらぬ。
本当につまらぬ者たちだ」
異界の言語を流暢に操るアストラル。
その声色には失望、そして憤怒があった。眼には絶望が広がる。
異次元空間のゲートを隔てて、対峙するのは数百メートルの巨躯に多数の触手を持つ特異な怪物だった。
自らを異界の王の一人だと名乗るその者は最初、不遜な態度でアストラルを見下していたが、すぐにどちらの力が上かを思い知ることになった。
既にその一体と配下の周辺DOOMSは、アストラルによる咒いの縛鎖に捕らえられていた。
「殺しはしない。
せいぜいこの世という箱庭で暴れてもらおう」
そこで風切り音。
空爆でも仕掛けてきたか? アストラルは訝しがるが、音はたった一つだ。
虹色の極大の光が天から降り落ちる。
着弾。そして轟音。
砂漠に大穴を空けて、着弾地点の中心で一人の少年が姿を現した。
アストラルは少年に向けて、解析用魔法を発動するが、すぐに表示がおかしいことに気付かされる。
解析の手順に問題はないが、感覚として捉えられる数字の桁がおかしい。
「なんだこれは……」
「ナハト・ムジーク。
アンチ・マギア、国家首脳代理の命により参上した。
要するに、お前の敵だ」
「マギアの玩具か!」
アストラルが右腕を掲げ、右手を立てて、前にかざす。
アストラルのその手から、圧縮された魔力が砲撃となってムジークを襲う。
マギアの技術の及んでいない、超大国を除いた近代国家の戦車程度なら消し炭になるほどの威力を持っている、魔法攻撃だ。
アストラルの魔力砲が直撃する直前に、ムジークが抜刀。
アストラルの魔力を遥かに上回る魔力の大渦、大嵐が発生する。
そよ風が嵐にかき消されるが如くの道理で、アストラルの魔法攻撃が完全に消滅した。
「私の魔法を完全にかき消すだと……!?
ムジーク、貴様は一体何者だ!」
「敵に素直に答えるほど、俺は真面目じゃない。
おい、マギア、こいつはなるべく捕らえるんだったな?
間違いなくアラストル・アストラル本人だ」
「……来いっ!
DOOMS!!」
異次元から転移する膨大な質量。
その巨体による黒い影が、ムジークとアストラルを覆う。
数百メートルの球体に、膨大な数の目が付いており、その下には同じく大量の触手が生えている。さらにそれらを小型化、変異させたような配下の生命体たち。
ムジークはテレパシーでマギアと情報と意志の疎通を行う。
「おいおい、王侯級かよ」
マギアの情報で、ムジークも事態の深刻さを悟る。
「わかった、即座に敵DOOMSを殲滅する」
凄まじい魔力がムジークの魔大剣に集中する。
「行け! 超光子!!」
刀身から放たれる超光子による砲撃が、王侯級DOOMSの肉体に着弾する。
肉の球体にムジークの光が着弾し、さらに数百メートルを貫く。
「無駄だ! その程度の攻撃、
DOOMSの生命力の前ではなあ!!」
ムジークによる第一波、魔力の放出が終わると同時に、王侯級の身体は再生を即座に進めていた。
「DOOMSども!
幾つかの命を貰うぞ!!」
王侯級の配下のDOOMS数十体が苦鳴を上げて、光の粒となって消える。
アストラルの贄となり、魔力に還元されたのだ。
「こいつ、支配下の命を!」
「この王侯級の情報を伝達し、他の王様気取りのDOOMSも支配下に置くのも時間の問題だ。
そうすれば、気軽に贄とできる者たちも増える」
『気を付けて。
アストラルには通常の倫理観なんて通用しないわ』
マギアのテレパシーに、
「今見たよ。平然と殺しやがった」
『DOOMSの召喚には膨大な魔力が必要。このアジトに流入しているはずの魔石では足りないわ。
他のテロリストの兵士や武器・兵器の動きが一切ないのも不自然。
つまり……』
「……!!」
ムジークは全てを悟り、絶句する。
眼前の敵が、何の倫理観も持たない邪悪か、この世の理の外の存在であることに気付かされたのだ。
それでも、ムジークは慈悲による問いをアストラルに投げかける。
「一応聞く。
仲間のテロリストはどうした」
「もう不要だが?
いや、元から不要だったし、初めから仲間でもない。
全員、DOOMSを呼び出すための贄となってもらったよ」
「マギア、こいつは生かしておけない」
決闘を執り行う。
『全力で、行くぞ』
ムジークとアストラル、二人の声が、図らずも唱和した。
出力を上げた超光子が、光の大瀑布となってアストラルを襲う。
既にアストラルは、ムジークの扱う魔法の剣呑さを理解していた
直撃を浴びれば一回の攻撃で、王侯級DOOMSごとアストラル自身が消し飛ばされる。
アストラルは王侯級の一体さえも贄とし、アンチ・マギアから教わった魔力結界に魔力を変換する。
互いの矛と盾、魔力がぶつかり合う。
一分ほどが経過しただろうか。
その場に立っていたのは、ムジーク。
呼吸は荒い。
「……見事だ。
ナハト・ムジーク」
両腕が焼失し、片足の膝をついたアストラルだった。ローブや長髪の一部も焦げたり、溶けたりしている。
「……だが、お前も相当に消耗したはずだ。
すでに地獄の扉は開いている……。
王侯級を含む数多くのDOOMSたちが顕現するぞ……!」
「……なら、もう一度……。
今度はゲートを焼き払う。
俺の好きな現世を、この世を破滅に追いやったりはしない……!」
息も絶え絶えのムジークは、しかしそれでも剣を構える。
「馬鹿な、死ぬぞ!」
理解不能、という声をアストラルは上げた。
理屈は分かるが、ムジークの感情、願いや想いまではアストラルの管轄外だった。
「爆発しろ、魔力!
巻き起これ嵐!
地獄の蓋を焼き払え!」
言葉に意味などなかった。
ただ、その場に立つ勇気と気合を入れたいだけだった。
もう一度、歴史上で最大の魔法攻撃が砂漠の国に轟いた。
場所は、再び超大国に戻る。
結界で厳重に防護された病室、その白いベッドの上には、ムジークが横になっていた。
面会中のマギアが、ムジークが目覚めるのを見計らって、口を開く。
「はあ、できるだけあの国に干渉した記録は残したくなかったのになー」
「第一声がそれかよ。マギア」
「冗談よ。あんな謎の攻撃、証拠もないし、我が国は知らぬ存ぜぬを貫いているわ。
それに、壊滅状態になったのはテロ組織だけだし、国際的な問題もそこまで大きくはないわ」
「……この点滴、取っていいか?」
「もう少し安静にしていなさい!!
どれだけ魔力を使ったと思っているの!
おかげであの装備、特に剣の刀身部分に相当な調整が必要になったわ」
「かなり乱暴な品らしいな」
突然の声に、絶句するムジークだった。
見ると、隣のベッドにアストラルが五体満足で横になっていた。
焦げた髪まで、元通りになっている。
さらにアストラルが続ける。
「マギア、お前はいつも未完成でも平気で実戦投入する。
現場の兵士の士気のためにも、完璧主義を目指すべきだ」
「なんでこいつがここに居るんだよ!」
思い切り上半身を起こし、アストラルを指差して叫ぶムジーク。
痛てて、針がずれた、とさらに痛みから口を開く。
アストラルは、両腕と両脚に嵌められた虹色に発光するドーナツ状のリングを見せて、
「アンチ・マギアお手製の魔力錠だ。
思考演算力、魔力が四〇パーセントオフになっている。
これではこの病室の結界を解くのは難しいな。
試し甲斐はありそうだが」
「恐ろしいことで」
マギアは小声でぽつり、と引き気味に言う。
「見ての通り、アストラルは世界で一番脱出が不可能な場所に封印したわ」
「俺まで封印されているんだが」
ムジークは即、冷静に突っ込みを入れる。
「心外ね。守ってあげているのに。
もう少ししたら、アストラルの護送任務よ。
わざわざ政府機関を一つ追加したんだから」
「政府機関の追加ってなんだよ」
疑問に思うムジークに、マギアが答える。
「彼、私たちに協力するって。世界最強の、チートで無双で最強職。
正式な機関名ではないけれどね」
「よろしく、ナハト・ムジーク」
「いや、あの、わけが分からん」
「彼の退屈しのぎに、私たちが乗ってあげることにしたのよ。
これも世界平和のため。
契約したんだから、従いなさい」
「破棄できないか?
その契約?」
「できなくもないけれど、違約金の五〇億、支払える?
最強装備がないと、踏み倒しもできないままこの病室に閉じ込められるわけだけど。
アストラルと一緒に」
「聞いてねーぞ!
何だよ五〇億って! こっちは命がけで世界を救ったってのによー!」
「最初の仮契約のときのシャトーブリアンくらいは持ってきてあげるわ。
それまでに決めてちょうだい」
「奇遇だな。シャトーブリアンは私の好物でもある」
「そりゃ贅沢なことで!
俺は旅行先で一回食べたことしかねーよ!!」
投げやり気味に言う、ムジークだった。
かくして、契約は結ばれた。
全世界、そして異世界すらも支配できそうな三人組が、今ここに集結したのだった。
前作、『チートで無双で最強職!?』よりは雑な終わり方にはならなかったかな(苦笑)?
ちゃんと終えられて安心しています。書いていて、とても楽しかったです。
執筆期間は2週間ほどでした。
このシリーズはいったん終えて、今度は別作品にしたいと思っています。
今後も、お目にかかる機会があれば、よろしくお願いします!