マッドな発明?
場所は再び、超大国の首都に移る。
「ナハト・ムジーク。あなたの魔力性質は爆発型。
継戦能力には少し欠けているけれど、瞬間的な馬力、いえ、魔力エネルギーの放出量が桁違いということね」
「知ってる。
おかげで法律を曲解してまでこうして軍に居るわけだ」
本来、彼らが住まう国の軍隊、通称国軍が兵士を採用するのは、早くても一五歳からだった。
だがムジークは、飛び級の研究員という形でマギア同様軍に半ば強制的に『採用』され、その力をあれこれと調べられていた。
実戦投入はさすがに先と見られていたが、今回の実験により時期が早まりつつある。
それをムジークはなんとなく嗅ぎ取っていた。
「もっとも、元々の魔力保有量がとてつもなく大きいから、数日間くらいなら継戦可能。化物ね」
「神童の君には言われたくない台詞だね」
ムジークの揶揄にマギアは頬を膨らませた。
「ただ、今回の装備で継戦可能時間はかなり落ちると思うわ。多分一パーセントくらいまでに。
私の計算では、よく持っても一時間くらいね」
「これがその呪いの装備か。ファンタジックでちょっと重厚な鎧にしか見えないけどな。
……あとは、剣か」
ムジークの言うとおり、実験室に置かれた清潔なシーツのベッドの上には、赤い紋様が入っているのが特徴的な鎧と、鞘に収まった、全長二メートルはあろうかという大振りの剣があった。
どう見てもムジークの少年の身体には合いそうもなかったが、マギアはそれらを指差して説明する。
「その二つは、最重要の国家機密にして国宝級の試作品、軍事用の道具よ」
「殺戮兵器?」
ムジークが冗談めかしていうが、マギアや他の者たちは真顔で真剣そのものだった。
空気を読んだムジークが少し身を引き、やや真剣な声をでマギアに問いを投げる。
「どういうものなんだ?」
ムジークの問いに
「世界最強の軍事力よ。
あなたが今言った、殺戮兵器そのもの。
私の最高傑作とも言う」
あまりない胸を張るマギアに、
「そりゃ、マッドなことで。
どんな兵器なんだ? この鎧と剣は」
と応じるムジークだった。
「鎧は私とこの国の魔科学の粋を集めたオーバーテクノロジー品。
装着者の魔力を糧に最高の防御性能を実現しているわ。核爆発を爆心地で浴びても涼しげでいられるくらいのね。もちろん放射能も全部防護できる」
「なんだそりゃ、個人で首都の省庁の魔力結界を持つようなものじゃないか」
実際はそれ以上なんだけど、とマギアは思ったが飲み込んだ。
まだ彼の意志の全てを把握せず、事実を全て説明するのは危険だ、と内心で思ったのだった。
「でも、暴れ馬でね。今までで最高の被験者でも一分と持たずにギブアップしたわ。
ちなみに、装着者に合わせて形状や体積が変化するの。限度はあるけど、あなたも大丈夫」
突っ込みを入れた方が良いのか、とムジークは思ったが、先にもう一つの疑問をぶつける。
「……剣のほうは?
武器なんだろうが、ただの古典的な大剣ってわけじゃなさそうだ」
伝説に出てくる騎士や王が持っていそうな、カッコつけた感じの大剣を指差したムジークにマギアが答える。
「この剣は、鎧が吸収した魔力を超光速の粒子に変えて発射できるようにするための変換伝達装置。重さはそれなりだけど、鎧は運動能力の補助や圧倒的な強化もできるから無問題」
「荷電粒子砲みたいなものか?」
「あら、意外と博識ね。
SFはお好き?
そこまで外れていないけれど、そんな甘いものではないわ。まあその鎧はありとあらゆる攻撃を防ぐ盾。
その剣はありとあらゆる盾を貫く攻撃、といったところかしら」
「矛盾しているな」
マギアは軽くウィンクをした。
始めから分かっていて言ったのだろう。
「では契約よ」
マギアが手を軽く振る。
と同時に魔力で編まれた長い文書がムジークへと向かってくる。
実体化もしているようで、ひらひらと向かってくるそれを、ムジークは手で掴んだ。
企業か司法関係者が使いそうな、長く、お堅い契約文がつらつらと並んでいる。
「契約書の内容を要約すると、この装備を使って我々の国家や友好国、組織に危害を加えた場合、私はこの装備を暴走させてあなたを殺さなければならない」
「物騒だな。
だが、俺には何をくれるんだ?」
もっともなムジークの問いに、マギアが答える。
「現実的な範囲でなら、相当なものを用意できるわ。
私には、この契約書を出している間だけ、代理として国家首脳と同じ権限を持てるの。
不服なら契約を書き換えて、何度でも対価を支払ってあげられるわ」
ムジークは少し考えて、報酬の名を口にした。
「じゃあ、シャトーブリアンのステーキ、三〇〇グラムくれ。
一度食べてみたかったんだよなあ。
ああ、別に今じゃなくても良いよ」
眉をひそめるマギアだった。
「一兆くらいふんだくられるかと思ったんだけれど」
「それなりの国の予算並みだな。
個人が持つには、ちょっと多すぎるな」
ムジークは苦笑いした。
「まあ、追加というか更新の報酬については、考えとくさ。
覚悟しとけよ」
場所はまた超大国から遠い異国の地に戻る。
砂漠の国の建物の地下で、テロ組織の密会が行われていた。
子ども一人と、銃で武装した男たち。そして男たちに守られて囲まれているのは三〇代ほどの男だった。
世界最悪のテロ組織の最高幹部である男だ。
簡素な木製の椅子にぞんざいに座った子どもが口を開く。
「用意できたのはこれだけか。
戦争をするには足りないぞ? せいぜい、嫌がらせくらいだ」
テロ組織の最高幹部に対等の口を利けるのは、その場の子ども、アストラルだけだった。
「急な話だったからな。
お前の言った通りの裏ルートを何重にも重ねて密輸した貴重品だ。
宣戦布告くらいはできるだろう?」
アストラルの顔には悪魔の笑みがあった。
「宣戦布告か。
いいだろう。これで文献にある『DOOMS』を呼び出せる」
「あの国の極秘公文書を入手するのにも犠牲が必要だった。
少しは感謝しろよ、アストラル」
「異界の生物は強大で凶暴だと聞く。
下手にやりとりを間違えると、こちらが死ぬことになる。
交渉役は私だ」
「会話ができるような相手なのか?」
「そのための超大国の公文書だ」
アストラルが座っている椅子同様、簡素な木製のテーブルの上には、多種多様な色合いの宝石・宝玉と、超大国の極秘公文書の原本が置かれていた。
前者は超純度の魔石。魔導触媒とも呼ばれ、強大な魔法を発動するために必要なものだった。
後者の公文書は、先ほどの会話の通り、DOOMSに関する文書だ。
DOOMSは、ごく稀に発生する時空・次元の歪みから出現する怪物の類で、歴史に残るほどの甚大な被害をもたらす存在だ。
異次元生命体であり、知性も様々で性格は凶暴とされる。
世界大戦では兵器として膨大な数の犠牲を支払い、顕界させた例もあるが、即座に呼び出されたDOOMSは暴走し、制御できなくなった召喚側と周辺諸国を半壊に追い込んだとされる。
その詳細や、その他召喚事例などが、その公文書には書かれているのだった。
その危険さから保管場所は秘匿されており、マギアによる結界で守護されていた。
わざわざその公文書が警備の薄い移送がなされるよう、彼らの組織から超大国政府に非合法な段取りをかけて強奪を図ったのだった。
ただ、アストラルの目的は超大国への宣戦布告だけではなかった。
その知能の高さから人生に退屈しすぎている彼は、もはやこの世界、惑星に未練がほぼなくなっていた。
異次元ならあるいは……。
一縷の望みをかけて、アストラルは『交渉』に赴く。
「公文書の解読ができ次第、DOOMSを召喚する。目的は王侯級の支配だ」
「王侯級だと!? 全大戦では公爵級数体で国家が滅びかけたのだぞ!? そんな怪物を支配できるわけがないだろう!」
最高幹部の男の声は、恐怖から怒声となっていた。
各情報媒体は狂気に駆られた犯罪・テロ組織の支配者とも彼を報じていたが、その実、彼は非常に理知的で、だがそれゆえにリスクの勘定には秀でていた。
秀才型の人間とでもいうべきか。
突拍子もない発案ばかりするアストラルとは相性が良くなかった。
「あなたの目的は、あの大国を滅ぼすことではなかったのか?
核兵器の開発が行えない現段階で、最も有効な攻撃方法がこれだ」
さすがに国家ではなく、超規模ともいえる、アンチ・マギアの結界や各国の偵察衛星が目を光らせている中での核開発は現状不可能、と断じたのはアストラルの言だった。
「しかし、王侯級は一体でも制御しきれん。
いくら貴様が魔法に秀で、天才であろうとも!
それに、その宝玉、魔導触媒では力が足りなさすぎる」
「触媒が足りない分は贄で補った。前大戦でもそうしていた」
「まさか……。これは!」
最高幹部と護衛、さらに周囲の幹部たちは、驚愕と恐怖に見開かれる。
彼らの手には赤。
発光する咒いの刻印があった。
非人道さからで現代では禁止された魔法術で、発動すれば容赦なく、その人間の肉体を魔導触媒に変える。
アストラルはぞんざいに言った。命をぞんざいに扱う目だった。
「ちなみに私が呼び出すのは王侯級一体ではない。少なくとも三〇体の王侯級DOOMSと、その支配下の下級DOOMSだ」
「殺せ! 奴は狂っている!!」
生贄にされる前にと、即座に護衛の男たちや最高幹部に大幹部が、自動小銃に拳銃でアストラルに向けて発砲する。
地下で轟き、反響する銃声。硝煙の匂い。
彼らの目の前には、銃弾により全身に穴を空けたアストラルの死体、はなかった。
悠然と立つアストラル、そのの全方位には魔力で生成された防壁があった。
「昔親交のあった、アンチ・マギア嬢直伝の魔力結界だ。
彼女のものほど強力ではないが、戦車砲の直撃でも破れないだろうね」
「馬鹿な……!
演算補助装置も無しにこれほどの結界を発動する、だと?」
「これだよ」
アストラルは自身の頭部を指差して、相手を嘲笑した。
弔鐘の笑みだった。
「さて、実験開始だ。
お前たちの命の輝きが、私の望みに届くかな」
オー、マイゴッド。
そういった言葉が、乾いた地下室にこだました。