神童、揃い踏み
彼、アラストル・アストラルは、特別な環境に生まれたわけではない。
世界唯一の超大国において、平凡といって差し支えない企業への勤め人の父と、普通の主婦の間に生まれた男の子どもだった。
アストラルは四歳でその国のトップクラスの大学の試験で合格点をとったが、あまりに幼すぎるということで、大学へ通うのは六歳になってからだった。
その二年の間に彼は既に大学の課程内容などは自習で既に終えており、数ヶ月でその能力を認められて大学院、一年で大学を五つ掛け持ちして、ほぼ試験だけを受けて数学、物理、化学、医学、そして魔法学の博士号を授与された。
後にアストラル少年が語ったのは、楽しい会話ができたのは魔法学の大学にいた、神童と名高い少女、アンチ・マギアのみだったということだ。
特に感想らしい感想もなく、彼は超高速で人生の道のりを歩んだ。
チェスの試合では珍しく手を抜いた手が原因で、当時の世界チャンピオンに僅差で敗北している。しかし、彼自身は盤上遊戯など余興でしかなかったのだろう。
『実は悔しかったのよ』とはマギアの後の談だが、真実はアストラル本人にも良く分からない。
彼自身は、自分や社会のことにはあまり興味・関心のある人間ではなかった。
アストラルが七歳の時、彼が住む国の過激派のテロ組織が、アストラルを誘拐した。
大人しくしていれば、両親は殺さない。
そう言われたので大人しくしていた、とアストラルは後に語るが、その後の行動からして、少し生きる場所を変えてみようくらいの考えしかなかったのは明白だった。
その後の軟禁生活で、彼はテロ組織の頭脳として暗躍することになる。
「あなたが新しい被験体ね!?
早く実験よ!」
年はそう離れていない、ティーンエイジャーの少年と少女である。
周囲には屈強な軍人や将校、『彼女』の助手の博士たちが少年と少女を取り囲んでいた。
「ぶっちゃけ、なにがなんだか知らされていないんですが。
なんか、すげー嫌な予感しかしない」
短めの金髪、碧眼の少年が声を発した。
「被験体とか実験ってなんだよ」と愚痴のように声をこぼす。
「そう。凄いのよ、私の自信作!!
話すと長くなるんだけど、まあ、装着してみてー!」
特殊魔導装置実験室1(主任研究員:アンチ・マギア)と書かれた部屋の前に案内される少年。部屋に入る前に少女の顔をテレビの記憶で思い出す少年だった。
「ああ、君はあの天才で有名なアンチ・マギアさんか」
マギアは赤髪で、金の眼をしている。身長は一六〇センチ以上あるムジークよりもかなり小さい。
お互いに成長期だが。
今現在の彼女は、未掘削の金鉱を目にしたような目だった。
「そういうあなたは、もちろん『踊る剣』とか言われているナハト・ムジークね。
一応、あなたの方が年上だから、さんづけの方がいいかしら」
「どっちでもいいから、実験の内容を教えてくれ
能力が国軍にばれてから、いろいろな装置を付けられるのには慣れてる」
「あなたも大変ねー。まだ若いのに」
「大変といえば、例の彼、そう君と同じ天才だ。誘拐されたそうだな」
「ああ、もしかしなくともアラストル・アストラルのことかしら?
でも私とはだいぶ違う。
異次元を見つめているような人だったわ」
マギアは視線をずっと見つめていたムジークからやっと離して、遠い、それこそ異次元を見つめるような目をして少し黙った。
大丈夫ですか、と教授の一人がマギアの様子を見て心配したように声を掛けた。
「彼は私としか話したがらなかったわ。
きっと頭が良すぎたのよ。
天才なんてものじゃなかった。自分が言うのも変だけど、彼は本当に稀有な才能よ」
「君とは違うってこと?
君もとてつもない天才じゃないか」
「そうね」
マギアはあっさりと肯定した。
マギアもアストラル同様、一桁の年齢で大学の博士号を複数授与されている天才中の天才だ。
特に魔法学の才能は抜群で、最新型の魔導防壁ネットワークを構築しているとの話は、国軍に深く入り込んでいるムジークは知っていた。
「私はまだ普通の人に理解がある方だけど、彼、アストラルはある意味ではかなりネジが抜け落ちているというか、倫理観がね。丸ごと欠落している感じだった」
「マッドな魔科学者は目の前の人で十分だけどな」
「失礼ね。こちらは真剣な話をしているのに」
「いや、ごめん。本当にすまない」
ムジークは真剣に謝罪し、続ける。
「テロリストに誘拐されたそうだけど、居場所は君の頭脳で見つけられないのかい?」
「先ほどの倫理観の話よ。
彼は……アストラルは、積極的にテロリストに協力しているみたいなの」
「はあ!?」
「話すと長いわ。
あなたは軍人としての職務を全うして」
「……ああ、わかった。マギア博士」
そのころ、彼、アラストル・アストラルはテロ組織の拠点で昼食をとっていた。
魔法使いのローブを着こみ、長い長髪に陰気な雰囲気。
最高級のシャトーブリアンのステーキを頬張り、ワイングラスに入った水を美味そうに飲む。
入っている水も、水道水ではなく高級ブランドのクリア・ウォーターだ。
「確かに、この米の方が美味いな。今度からライスはこれに固定してくれ」
退屈そうなアストラルの声に、
「かしこまりました」
普段は部下に剣幕を立てることで有名なテロ組織の大幹部の彼も、アストラルとテロリストのトップには従順だった。
彼らのテロ組織は世界でも有数の大規模ネットワークを持つ組織だった。
だった、というのはアストラルがそのテロ組織のブレーンとなってからは世界最悪にして最大のアンチ超大国組織となっていた。
「特殊詐欺についてはこれからも考える。
可能なかぎりあの国から金を搾り取る」
「仰せのままに、アストラル様」
アストラルが恐れられているのは、その一切の倫理観のなさだった。
世界唯一の超大国が行ってきた敵対諸組織・諸国家への攻撃に恨むものは多いが、アストラルはその国の出身だ。
その地で学び、多少なりとも生きた国に何の容赦もなくテロ活動を指示している。
今は遠い異国のこの地にいる。
そもそも、超大国の手が及びづらい土地という理由で拠点の転居を選んだのがアストラルだったのだ。
テロ組織の最高幹部、リーダーは使えると思っているが、この大幹部のように畏怖する者もいる。
何をしでかすか、わからない。
そもそも、彼の思考力は我々の範疇外だ。
アストラルがテロ組織になってからというもの、彼らの組織は数多くのバリエーションに富んだテロやその他の犯罪に手を染めてきた。
先ほど言ったように、大量の電話や半分使い捨ての受け子を用意しての特殊詐欺。
要人の暗殺もそれなりに実行した。さらには、例の結界の達人であるアンチ・マギアのガードの高い要人だけでなく、近親者の誘拐と身代金の要求も行った。
高度なコンピュータ・ウィルスやハッキング・クラッキング技術では一歩以上マギア、その他技術者を上回るアストラルは、定期的に超大国のネット環境に甚大な被害をもたらすことに成功していた。
他には、表向きは完全といっていいほどクリーンな企業を立ち上げ、電子決済式の仮想通貨を流行らせた後、またハッキングにより小国の国家予算規模の金額を個人・法人を問わず奪い取る、なども行っていた。
「今後は次のフェイズに移行する」
「は? 次、のフェイズ、ですか?」
これまでの所業を思い出していた大幹部の彼は、戸惑いながらもしっかりと応じた。
聞き返しにアストラルはぞんざいに首肯し、
「これからはテロはしない」
とてつもなく嫌な予感を、大幹部は感じ取っていた。
「あの国に、戦争を仕掛け、そして滅ぼす。
……大きな準備が要るぞ」