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4月7日-2

何とか間に合いました。

「二手に分けさせるとは……」


 苦々しい思いが満ちました。

 その思いを込めるようにしてより加速する。


「山上さんよりは遅いですけど、それでもなかなか出るんですよ」


 と誰に言っているかもわからない独り言をつぶやく。

 平成七年、かつ首都圏の大事件と言えばあれだと思う。

 ただ一回のテロによって何千人もの人間に甚大な被害を与えた戦後最悪の化学テロ。


「何としてでもとめないと!!」


 と言って覚悟を決めるが、直接的な攻撃力は山上さんにほとんど渡しているので正面切って撃退することは難しい。

 できるのはレンズ状の装備を介したドローンを用いた情報の収集と統制、元から有している乗用車くらいなら折りたためる膂力、分裂・変形可能な五つの金属球による攻撃程度。

 時間を掛ければ物を摂取することで分解・再構成できるがこれは遅すぎて戦闘には使えないでしょう。


「『四ツ首』くらいまでなら普通に勝てるでしょうが……」


 絶対的な攻撃力がない。

 それこそ旅客機に取り付いていたあのクリーチャーならなすすべなく倒される。

 ですが、と思い。

 頭を切り替えて出現現場に急ぐことにしました。


=======○========================


 ついた先は地下鉄の出入り口、ひっきりなしに人が出入りしてるはずなのですが、警察が封鎖しています。

 間に合わなかった。

 と、内心で思いますが後悔は後回しにして移動時に使っているように迷彩効果を使用しながら中に忍び込む。


 中からは大きな音は聞こえません。

 その変わり苦しそうに息をしながら倒れている人が数えきれないほどいます。


「これは?」


 私の体は呼吸がいらないので、分析するために大きくその場の空気を吸い込む。

 分析の結果、毒ガスであることが分かりました。

 それも悪意が込められて作られたかのように、無味無臭の上に一吸いで体がマヒするが死ぬには時間がかかる毒ガス。

 さらに言うならかなり安定な物質で空気より重いために下手に地上に排出されたらあたり一帯が汚染されてしまう。


 まるで駅構内の人間を見捨てるか、多数の人間に被害を広げるか選べとでも言っているようです。


「落ち着きましょう、慌てて決断を下したらダメです」


 まず不幸中の幸いは死亡するまでにそれなりに猶予があるということ。

 ということは発生源を特定して――


「誰だ!!」


 と背後から鋭い声が響きました。

 そちらを見ると酸素ボンベと大きな背嚢を背負った複数人の男性がいました。

 服にできる限りの目張りをしているようで、簡易の化学防護服らしい。

 おそらく警察組織の人間でしょう。


「あ、怪しいと思うでしょうが協力者です!!」


 慌てて否定しますが、相手はそんな言葉を信じるはずもなく。


「今すぐここから出てけ!! 毒ガスが充満して――なんで平気、そうか!! 」


「ええっと、後からいくらでも出頭してもいいですからこの毒ガスが満ちている中で自由に動ける人ですよ、有用じゃないですか、これでも力持ちですし」


「何をいって――」


 と言って手をつかんできたので、


「よいしょ」


 できるだけやさしく抱き寄せて、片手で頭上まで持ち上げました。

 後ろにいた男性たちも目を見開いたのが見えます。


「今は信じなくてもいいです、ただ私なら最奥まで行って一番危険な人から順番に運べます、これが証拠に足もそこそこ速いんですよ」


 と言ってそのままダッシュして全員の後ろに回り込みました。

 普通の人ならそれこそ瞬間移動したように見えたことでしょう。


「大体、この状況で犯人なら話をする前に奥に逃げるはずです」


「……」


「私もそちらも、できるだけの多くの人を助けたい、違いますか」


 目をじっと見て話しました。

 すると――


「救助を頼むことはできん、嬢ちゃんが何者かは全く分からんし、怪しげな人間に民間人の命を懸けさせるわけにはいかん」


「そんな」


 絶望しかける。

 とにかく範囲が広く、互いにとって手が足りない状況です。

 利用しあう状態でもいいから、手を合わせれば助けられる人が増えるはずなのに。


「オレ等はここで何も見なかった、そして予備のボンベをとりあえずここに置いた、しばらくは数の確認はしない」


 と言って後ろにいた男性たちが背嚢を下ろしました。

 音からすると小型――それこそ十五分そこそこしか持たないようなボンベだが、数はかなりあるように見えます。


「嬢ちゃんがどんなものかはわからんし、一度に運べる人数にも限りがあるだろう」


 つまり、これを特に危険な人間に使って時間を稼いでほしい、ということでしょう。


「ありが――」


「礼を言われたら困るんだよ、早く行け!!」


 頭を下げて、地面に置かれた背嚢をすべて背負い。

 特に濃度が濃い発生源と思われる場所に向かうことにします。


 すると相手もプロなのかてきぱきと倒れている人を運び出していくのが見えました。


=======○========================


 かつてあったテロでは広範囲の駅が対象にされましたが、なぜか今は一つの駅に絞られている様子です。

 調べるうちにその確信ができる。

 行儀が悪いが階段を上から飛び降りるようにして何階層も下ります。

 と――


「いました」


 ドアが開いたままの電車が停車している足の踏み場もないほど人が倒れているホームの中。

 ゆらゆらとたたずんでいる異様な風体の存在がいました。

 クリーチャーです。

 脇には毒ガスを発生させていると思われる袋が置かれています。

 白いビニールのバンドで全身が覆われて、目はホチキスのようなもので止められ、唇のない口からはボロボロの乱杭歯が覗いており、そこ以外の露出はほぼありません。

 体格こそ『四つ首』より一回り小さいが、危険性はけた違いだと予想をつけます。。


「がsgすgsがうgすあうgすああああじじじじひひひひ」


 という意味のとれない喚き声と共に、飛び掛かってきました。

 振り下ろされる拳をよけようとして――


「くっ!!」


 よけたら倒れている人に当たってしまいます。

 だから我慢して受けます。


「いったぁ」


 足の裏まで抜けるような衝撃を受けました。

 このままつかまれたら終わる。

 そんな予感がするので、人が倒れていない線路上にけり飛ばす。

 そこで糸に引かれる操り人形のような異様な動きで立ち上がってきました。

 そして何事か熱心につぶやいている様子です。

 『狂信者』と呼ぼことにします。

 その様子を見ながらつぶやく、


「思っていたより危険な人が多かった」


 背嚢をその場に落しながら、人数を数えますが数が足りない。

 その上、『狂信者』の攻撃をしのぎながらマスクをつけるのは不可能でしょう。


 あることを思いつきました。

 それをやるには『狂信者』を引き離さないといけないでしょう。

 覚悟を決めます。


「やるしかない、ですね」


=======○========================


 でたらめな軌道で拳が飛んでくる。

 それの側面に全力の一撃を入れてそらす。

 そらされた『狂信者』の拳は分厚いコンクリートにあっさり打ち込まれ穴をあける。

 それで動きでも止まればいいが、一切気にせずこちらに振ってくる。

 ほとんど勢いの落ちないまま、コンクリートをえぐりながら飛んでくる拳はいくら何でも現実感がない。


「くっ」


 かがめるように頭を下げて避ける。

 すると見えるのはがら空きの体です。

 だから思い切り踏み込み殴りに行きます。

 穿つような踏み込みはレールを撃つことで鋭い音を響かせて、車をはね飛ばせる拳が『狂信者』にヒットしました。

 が――


「かったい」


 殴ったこっちの拳に痛みが走るほどの固さです。

 ですが、何とか少しずつ駅から引き離しています。


「いんろっれえいのrててrてえれれれれれれいいいいいい!!!」


 少しは怒ったのか、駄々でもこねるように両手をこちらに振り下ろし続けてくる。

 子供が行うならほほえましいが、あいにく相手は見た目はホラー映画の怪物。

 金槌に打たれる釘の気分を味わいながら、あるそれなりに切実な問題があります。


「おなか、すきました」


 山上さんも地元で頑張っているのか全力で動いているせいで、どんどんエネルギーが使われてしまう。

 こちらもすべての装備をフル稼働させているので思った以上に危険な状態です。


「それでもやるだけやってみるしかないですね」


 そこでようやく一区切りしたのか、ひと際大きくたたかれて中断される。

 ガードした腕が急速に修復されるのが感じられる。

 と、明らかに『狂信者』の様子が変です。

 体を包んでいた白い帯から引き絞られるような音が響いて――ちぎれた。

 そして、そのまま骨が組みなおされるようなくぐもった音が絶え間なくつづき、乱杭歯の口からはパ行の全く意味のとれない叫びが聞き超えて、そのキーが人間の可聴域を超えてもまだ上がる。

 耳の奥に震えるような痛みが走る。


 目の前にいるのは二回りほど巨大化した『狂信者』です。

 腕を振る予備動作が見えたので、ガードしました。

 が、その前に入った。


 けた違いの衝撃が入り吹き飛ばされる。

 と、殴ったはずの『狂信者』がもういない。

 嫌な予感がして――


「っぁ」


 打ち下ろしの一撃が入り、ボールのごとくバウンドした。

 強くなりました。

 拘束を解いたためでしょうが、その解いた理由――いいえ、今まで解かなかった理由はわかりません。


 そのまま線路の上に転がり。

 ボールのように蹴られてしまう。

 視界が目まぐるしく周り。


 ガラスやプラスチック、紙をばらまくような音共に衝撃を受けた。


=======○========================


 倒れた民間人の救助を押っ取り刀で駆けつけてくれた自衛隊の化学防護隊、レスキュー隊と共同で助け出しつつ奥へと進む。

 と、途中から猛獣や重機同士がぶつかり合うような轟音が響いている。

 その場の全員で顔を見合わせ、ゆっくり進む。

 この場で武器らしい武器はない。

 腰に下げた手錠が金属音を立てるがこんなもの武器ではない。

 身一つが頼れる得物だ。


 最深部のホーム、そこは異様なほど片付いている。

 ドアがぴったりと閉じられた電車が停車している。

 人っ子一人いない異様な空気の中、線路から猛獣のような化け物がはいあがってくる。

 身長は二メートルを超え、瞼が切り取られ真っ赤に充血した目から血の涙を流している。

 皮膚には一切体毛はなく、何らかの薬品で焼かれたようにねじくれており、人とは似ても似つかないいびつな筋肉でおおわれている。

 自分で歯を噛み割ったと思われる口は血だらけで、割れれた歯はどのような肉食獣とも違う牙のように見える。

 その化け物は何事かを叫ぶ。

 耳の奥に走った鋭い痛みに思わず耳をふさぐ。


 ――それが命取りだった。


 その隙に化け物は襲い掛かってきた。

 命の危機に陥ったためか異様にその拳がスローモーに見えている。


「させません!!」


 と、鋭い声と共に真横に吹き飛ばされた。

 その声の主は、入り口付近で出会ったあの嬢ちゃんだった。


 となぜかその手には封が開けられた東京の名を冠した銘菓の箱を抱えている。

 ん?

 と思い嬢ちゃんが出てきた思われる方向を見ると、破壊された売店だ。

 思わず口から出たのは――


「警察の目の前で窃盗とはいい度胸だなぁ!!」


 という怒声だ。

 それに叱られた子供のように首をすくめた嬢ちゃんは売店の方を一瞬指さし。


「お、お金は置きましたよ?」


「ほぉ……」


 というおびえたその目はどうやら本当のように見える。

 半目で見るうちに残りを腹の中に収めた嬢ちゃんはさっきの様子がみじんも感じさせないほど引き締まった表情で化け物に対峙する。

 と、化け物に対して走り寄り、組みつくようにして押し合いをする。

 はた目には嬢ちゃんが一方的に押されるどころかはじき返されるように見えるが――


「これが!! 乙女の底力です!!」


 と言って確かに押し返した。

 その場の全員が胸の内で突っ込んだだろう。

 その姿はどう見ても乙女じゃない。

 と。


 が、そこまでだ体格に勝る化け物が逆に嬢ちゃんを押し返し始め――


「行くぞ!!」


 と声をかける前にその場にいた屈強な男たちも化け物に取り付き押し込み始める。


「策はあるんだな!!」


 すると嬢ちゃんははっきりとうなずき。


「あります!!」


 ならば言葉はいらない。

 見た目には非常に馬鹿らしいが必死に押し込む。

 幸い化け物の腕は嬢ちゃんが抑えてくれている。

 だから全力でただ押し込む。

 トラックを押しているような感覚を得るが、ゆっくりと動いた。

 あとは簡単だ。


「うぉぉぉりゃぁ!!」


 誰が音頭を取ることもなく、一斉に掛け声を上げ化け物をホームから突き落とした。

 と、金属の輝きが飛んでいく。

 それは杭のようなものだ、化け物のどてっ腹を貫き、電車が乗っている二本のレールではない三本目(・・・)のレールに突き刺さった。


 と嬢ちゃんがどこか底冷えする声で一言。


「地下鉄にどうやって電力を供給しているかしっていますか?」


 そして杭は粘土のように変形し、電車が乗っているレールに接触した。


「がぎゃkぁぃkりぃぁぁ!!」


 でたらめな言葉を叫び、のたうち回る化け物。

 体の各部からは焦げるような音が聞こえる。

 必死に体を引きちぎり逃げようとするが杭が伸びて逃がさない。


 どれくらいそうしていただろうか。

 黒焦げになった化け物は砕け始めた。


 その様子を確認して、嬢ちゃんは力が抜けたのか表情に柔らかさが戻る。

 一仕事終えたばかりの嬢ちゃんに悪いが聞かなければならないことがあるので問いかける。


「なぁ、要救助者はどこだ?」


「列車の中です」


 と言って中を覗き込むと、すし詰めに近いがどうやら全員生きている様子だ。

 しかし、これまで救助した人間の容態からすると生きているのは少々不可解だ。


「どうやったんだ? あの程度のボンベじゃとても足りないだろうし、だいたい気密をどうやって保ち、運ぶ時間はどうやって捻出した?」


 と言っていたら化け物に刺さっていた杭が抜けて、見る見るうちに球に変形する。

 そしてその球は粘土のように変形し、ピースサインを作る。


「これで運んで、気密を保持しています、毒ガスは空気より重いので上から酸素を放出させて下からできるだけ毒ガスを押し出させました」


 なるほど、と思い手を差し出す。


「お疲れさん、おかげで人が助かったよ」


「いえ、こちらこそありがとうございます」


 と言いながら笑顔でこちらの手を握ったので、

 手錠をかける。

 流れる動作で逃げられないようにこちらの腕にも防護服上から掛け――

 ちょっと無理したが、何とか掛けれた。


「え?」


「窃盗の現行犯で逮捕する!! というか後で出頭『してもいい』と言っていたってことは出頭する気ほとんどなかっただろ!!」


 嬢ちゃんはがっくりとうなだれた。


「というより、毒ガスの中化け物相手に大立ち回りした未成年とか怪しすぎる、悪いようにはしないからおとなしくしとけ」


 あの身体能力なら俺ごと抱えて逃げることもできるだろうがそうする様子はない。

 そこで気づく下手に暴れたら、金属の手錠で俺の防護服を破ってしまいかねないからだ。


 そのことに気付いてバツの悪そうに顔を上げると、全員が責めるような目つきで見ている。

 職務的には仕方ないが、逃げる様子はないんだから手錠はひどくねーか。

 と言っているような目だ。


「ええぃ、クソっ!! とにかく要救助者を運び出せ!!」


 居心地の悪さを振り払うようにして声を張って指示を出した。

明日もまた頑張ります。

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