4月4日
なんとか間に合いました。
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目が覚めたらもう何度も使った公園だった。
そして見慣れ始めた淡雪の顔が今度は直角になって見えることから考えるとまた膝枕をしてもらっているようだ。
「おはよう、淡雪」
「ええ、おはようございます」
つぼみがほころぶような笑顔につられついこちらも笑みを浮かべる。
「今度は腹の虫がなってないんだな」
「もぅ!! あれは補給する時間がなかっただけですよ」
と、言葉の上では怒っているようだがそれだけのようだ。
だからそのままで会話を続ける。
「いま何時?」
「あと少しで夜明けですね、それから今までぐっすりです」
思い出せばここ数日で本当に気絶してばかりだ。
と、そこで微かな振動を感じる。
スマートホンに何らかの着信が入っているようだ。
そこで思い出した。
「あ!! 幸次さんに連絡を入れてなかった」
「えっと、私は席を外したほうがいいですよね?」
あわてて飛び起き、急いで受けようとして表示に驚いた。
どうやら昨日の夜十時ごろから定期的に電話を掛けていたようだ。
「あの!! 幸次さん!!」
「奥谷か!?」
声からするとほっとした様子だ。
そのことに申し訳なさを感じる。
「今どこだっ!?」
「今からかえ――」
「今どこなんだ、迎えに行くから待っていろ!!」
普段よりずっと威圧感のある声で言われてしまい、公園の名前をつたえて待つことにする。
「一体何があったんだ?」
と、脇にいるはずの淡雪に問いかけたら、もうすでにそこにはいなかった。
「相変わらず神出鬼没だな」
苦笑し、関節をほぐすように軽い運動をする。
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さほど時間がたたないうちに幸次さんが迎えに来た。
顔には汗が浮き、息を切らせていることから走ってきた様子だ。
一言声をかける前に。
「無事だな!?」
「え、あ」
普段と違う様子に軽くうなずくと、こちらの肩をつかみ強い口調で、
「なぜ出なかった!!」
「それは――」
「いや、今はとりあえず家に帰るぞ、話すのは後だ」
と言ってそのまま追い立てられるように家へと帰らされる。
かなり慌てている様子にさすがに聞き返す。
「なんでそんなに慌てて――」
「殺人事件があったからだ!!」
え。と思う間に業を煮やしたのか手をつかみ引っ張られる。
「あと学校から連絡があった、授業をさぼったらしいな」
「っ!?」
ついつい忘れてしまっていたが学生の本分は勉強だ。
さぼっていいはずがなかったのだ。
「それは、その――」
「いいから帰るぞ!!」
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家についた後、普段より明らかにしかめっ面の幸次さんと差し向かいで座らされている。
気分的には被告人だ。
つけっぱなしのテレビからは国連で日本への批判が強まっているらしいというニュースが空虚に流れている。
「なにか言うことは?」
怒りを飲みこんだような低く静かな声が聞こえる。
まず思い浮かぶのは言い訳だったが、その射るような視線の前にその言葉を飲み込んで。
「ただいま、心配かけました」
と、幸次さんの肩から力が抜けたのが見て取れる。
よく見ると全体的に疲れ気味だ。
本当に一晩中心配してくれたのだろう。
「よく、無事にもどったな」
「すいません」
とりあえず頭を下げる。
と、幸次さんがまた口を開く。
「本当に悪いと思っているのか?」
「それは――」
つい目をそらす。
後ろめたい気持ちがあるのは確かだが、全面的な否を認めたくない。
という醜い思いが見透かされるような気がするからだ。
「だったらその謝罪は受け取らん」
「はい」
うなだれる。
「なぁ、奥谷、なぜ連絡に答えなかった?」
いや。
と前置きをして聞き直される。
「連絡をしなかった?」
「それは……」
とても信じてもらえるような内容ではないので説明できない。
そのためさらに身をこわばらせてしまう。
「説明もしてくれんのか」
「……」
ついつい押し黙ってしまう。
「この街で殺された学生がいたという話を聞いてどれだけ心配したか」
幸次さんの握りしめられた拳は力を籠めすぎているのか小刻みに震えている。
声のもまた同じように震えている。
「ごめんなさい」
この言葉だけは心の底から言うことができた。
「すまん、こっちも興奮しすぎてしまった」
と言いつつゆっくりと手を開いた。
血が滲みそうなほど強く爪の跡が残っている。
「その――」
「自宅で待機していろ、とのことだ、学校から緊急の連絡が回された」
「え?」
「なにかあったのかもしれないな」
嫌な予感ががする。
淡雪と連絡を取る必要がある。
が、そのことを見通しているのか幸次さんかピシャリと。
「今日は出かけるな、なにがあってもだ」
「それは――」
確約できないでいると、出勤する支度をはじめている。
「昼までの分の食事は冷蔵庫に入れてある、いいか今日は出かけるな、もっと詳しい話は帰ってきてからやる」
言い残すと家をあとにした。
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見送り、どうにかして淡雪と連絡を取ろうと思うとインターホンが鳴らされた。
危険人物がいるという話を聞いた後だ、念のために物音を立てないように玄関前に立っている人物を確認しようとして――
「山上さん?」
淡雪がそこにいた。
格好は気に入っているのか制服だ。
「なんで、ここに?」
「直接お話したいですから」
お邪魔しても?
と聞かれたので迎え入れることにした。
手には食材が入ってると思われるバックを持っている
「それは?」
「昨日に言った通り私は奢られるばかりの者ではないのです」
なるほど、ついでに手料理をふるまいに来たということらしい。
だが――
「すまないが幸次さんが既にお昼の分まで作ってある」
「なら、そのあとの夜の分を――」
といったところでまたもや腹の虫が響く。
苦笑しながら聞き返す。
「で、今度はどんな理由?」
「そ、そういう質問は卑怯ですよ!!」
と言っているがそこまで嫌がっている様子はない。
だから誘うことにした。
「幸次さんの手料理だけど、朝ご飯でもどう?」
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「あと少しですからね」
「お、おぅ」
ニコニコと笑みを浮かべた淡雪がエプロンをつけて台所に立っている。
家に迎えいれた後、流れるようにキッチンに向かい。
お借りしますね。
と軽い調子で伝えられ普段は幸次さんと使っているテーブルについている。
「淡雪って結構強引なところあるよな」
「いつまでいられるかわからないですし、やりたいことはできるうちにやっていかないと」
そこで言葉の意味をよく理解できず聞き返す。
まるでいつか去る、どころか近いうちに死んでしまうような内容だからだ。
「いや、未来に帰ってからでもできるんじゃないのか?」
手を止めて、いつものように少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。
が、すぐに料理の続きに戻る。
しかし、言葉は続けてくる。
「山上さんはもう使い道がない道具はどうしますか?」
「いや、待って、人格がある存在なんだろう? 使わなくなったから捨てる、なんてそんなこと――」
顔を俺の方に向けないままさらに続けてくる。
あくまで声自体は普段と変わっていない。
いや、本当にいま何かをできているということが楽しいのだろう。
「はい、できましたよ」
と言いながら出されたのは軽く焦げ目のついたプレーンなオムレツだ。
幸次さんが朝食用に作ったハムエッグ用の付け合わせのサラダも淡雪が買ってきた野菜により増量されて出される。
図ったかのようにトースターから食パンが焼きあがる。
マーガリンと共にサーブされ、手元に用意されたコップに牛乳が注がれた。
料理の準備に一切かかわっていないが、それほど時間がたたないうちに用意された。
「では、いただきます」
「いただきます」
向かいの席に淡雪も座り何度も見たように手を合わせ開始の挨拶をする。
その後、箸でオムレツに切れ目を入れると、トロリと開くように広がった。
そして外見からはプレーンだったが思ったより具沢山だったようだ。
食欲をそそるいい匂いがする。
「え、と、ケチャップは――」
「いりませんよ、まぁとにかく一口食べてください」
半信半疑で用意済みだったスプーンを手に取り一すくい食べてみた。
すると、
「あ、うまい」
少々薄味といえば薄味だが、塩と胡椒が効いていてそれだけでも食欲が増すのがわかる。
そして中に入れられた具は少し大きめで思った以上に食べ応えがある。
「でしょう? どなたのレシピかはわからないですがなかなか多いんですよ」
「へぇ」
と感心しながら食事を進めていく。
手料理が平らげられていく様子を見るのが楽しいのかこちらを嬉しそうに見つめてくる。
「ごちそうさま」
「ええ、お粗末様でした」
洗い物は俺がやろうと思い、食器を持っていこうとするが先を越されてしまう。
「洗い物くらいは俺がやるよ」
「いいえ、やらせてください」
袖をまくり話しかけてくる。
「うれしいんです、戦うこと以外ができるのが」
「うん、じゃあ頼んだ、ありがとう」
微かだが確かにうなずいて。
「ええ、こちらこそ」
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洗い物の片付けもおわり、話し合いが始まった。
「さて、もう知っていると思いますが、クリーチャーがまたこの街に現れています」
「やっぱり、そいつが人を殺して遺体が見つかったのか? 昨日にやったの?」
ゆっくりと首を振り、否定された。
「その遺体は、既に山上さんも見ています」
「まさか」
思い当たるのは一つしかない。
しかし、確認を取るために恐る恐るだが問いかける。
「最初に出会った夜の化け物か?」
「ええ、そうです」
だとしたらもうその怪物は体が上下に切られて死んでいるはず。
安全なはずだ。
「ならもう大丈夫――」
窓ガラスを震わせるような大音量でテレビがでたらめな和音を響かせる。
そして
「新元号は平成と閣議決定されました」
聞きたくないものが聞こえてしまった。
うなだれ背もたれに身を預ける。
「新しいのが既に現れた」
「ええ、今ようやくはっきりと位置がわかりました、おそらく以前のクリーチャーと同じくらいですね」
互いにうなずき立ち上がる。
そこで思い出す。
出かけるのを幸次さんから止められているのだ。
だから淡雪に聞いておく。
「場所はこの街か?」
「ええ、そうです」
考える。昼食まで用意して出たということは夕方ごろまで帰ってこないのだろう。
なら昼を目安に帰ってこれれば間違いなく大丈夫だろう。
「行こう」
「えっと、幸次さんでしたっけ? おうちの方に連絡はしなくてもいいのですか?」
「実は外出を止められているから連絡したくないんだ」
と、淡雪は驚いた表情で提案してくる。
「なら今の私だけでもなんとかできないこともないクリーチャーでしょうから、私だけでも」
「いや、帰ってくるまでに戻ればいいし、何があるかわからない」
「それは、……そうですけど」
まだ納得しきれていない様子の淡雪をせかして、家の戸締りを確認してから現場へと向かう。
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[さて、山上さん昨日は相手が動かないからあのような作戦でいきましたが、今日は相手が避けるでしょうし]
先行させているドローンの情報が俺にも入る。
「あぁ、わかっている、すぐわきに一人いる」
場所としては幸次さんの家からそれなりに離れた場所、徒歩で1時間ほどかかる場所が向かう先だ。
とっくに強化外骨格を展開して、空を飛んで向かっている。
なにやら目立たなくさせる技術があるとかで誰もこっちを見ていない。
[というよりこれは――]
口に出すことすらはばかられる、吐き気を催すおぞましいことがなされているのがわかる。
なされるままの少女はぶつぶつと何事かを繰り返している。
それは
「かえして、かえして――」
もうこと切れる寸前のように弱弱しいつぶやきだ。
だが――
[生きてます!!]
[急ごう]
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申し訳ないが窓をぶち破って突入する。
「がががぎあぐいあgさいまいあい」
「だれrだaれれあれたれ」
「かkねねかけっかねk」
「こrこrrkろろおころ」
驚いているうちに、先手を打つ。
「そこをどけっ!!」
淡雪が持っていた剣より小さい片手持ちの剣を振って首を落とす。
戦い方だけではなく、何かを傷つける破壊することへの忌避感も抑える方法もダウンロードされたのかもしれない。
と、どこかのんきな考えが頭の隅で浮かぶ。
同時に、
[山上さん、その基本武装である剣、そして掌の砲を忘れないでください]
[わかった]
という外で待機している淡雪への応答が行うことができていることから思考の分割もできているようだ。
「きぃぃ!!」
「だtだたtだだたいいいいいた」
残った二本の後ろに跳んだ。
だから右手の掌を向け――撃つ。
「たたいたいたたあちいいい」
アルミ缶をひしゃげさせる音がして化け物の左側がねじり押しつぶされた。
化け物はその場に転がっていた物を放り投げてくる。
それは――
「だめ、それは父さんと母さんの」
そうとしか言えない一つの遺体だ。
さすがに斬って進むわけにもいかず受け止める。
首尾よく距離を取った化け物は気が狂ったような笑い声をあげて外に飛び出した。
逃げれた。
とでもいうようにだ。
「逃がすわけないでしょう」
今まで聞いたこともないような冷たい声が聞こえる。
「きぃ?」
貝を割るような音と液体が飛び散る音がした。
そして――
「ぎやぁぁぁぁぁっぁぁ!!」
耳をつんざくような悲鳴だ。
できるだけやさしく遺体をその場に横たえて、武器を片手に外に飛び出す。
そこには足に大穴をあけられた化け物がいる。
それをなしたのは淡雪だ。
周囲には二枚のレンズと五つほどのこぶし大の金属球が浮かんでいる。
「これで最後!!」
全身の力を込めて化け物の脳天に振り下ろし頭上から股間までたち割った。
[フォローは?]
両親の遺体に縋り付き泣きじゃくっている少女――よく見たら同級生の安逹 佳純だ。
たとえそうでなくても何とかしたいと思う。
[やめたほうがいいです、傷は無理やり継いだら裂けたときもっと大きな傷になります、助けることはできても……]
小さく首を横に振り、素早く一本の注射を行う。
ラベルを読み取ると栄養剤のようだ。
見た目からすると恐ろしいほど長い日数暴行を受け続けたように見える。
昨日まで一緒に授業を受けていたのにだ。
[そうか……]
そのまま大きな物音を立てないようにその場を去る。
と、気のせいだろうか佳純の唇の動きを聴覚センサーが聞いた気がする。
[どうしました?]
すでに別の場所へドローン等を飛ばしている淡雪は気づかなかったようだ。
だが、すぐにとるに足らないことだと思いなおし、空へと飛び上がる。
そう、
むかしにかえして。
なんて言葉は大きな問題になるはずなどないのだ。
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なんとか昼少し前に戻ってこれた。
これなら幸次さんにばれずに済むと思って、玄関のノブに手をかけて違和感を覚える。
鍵が開いているのだ、確かに閉めたはずなのに。
そして幸次さんの靴がおかれている。
え。
と思っていると玄関が開いた音を聞きつけて幸次さんが現れた。
表情は今にも泣きだす寸前だ。
「……なんでだ」
そこで思い出す。
昼食まで用意しておいた。
と言っていたが、一人で食べてくれなんて言っていないのだ。
「どうしてだ!!」
そして危険な殺人犯がいるかもしれない街に家の中とはいえ、ずっと一人でいさせるのは不安だった。
だから家で昼食を取るつもりで二人分用意して仕事に出たのだ。
「どうして出かけたんだ!!」
普段感情を荒立てるようなことがない幸次さんが胸倉をつかみ上げてくる。
「答えろぉっ!! 奥谷ぁ!!」
泣きながら怒鳴ってくる幸次さんの目を見ることができない。
腹の底から絞り出される声が頭の中で反響する。
「ぁ、ぅ」
「また、か――また説明できないんだな」
糸でも切れたかのように幸次さんは崩れ落ちる。
「おれは、やっぱり――ダメなやつなんだな」
そこで徹夜と今の激情で限界が来たのだろう。
そのまま糸の切れた人形のように倒れてしまった。
「っ、幸次さん!!」
叫んで急いで介抱を始めた。
明日もできるよう頑張ります。