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5月1日-2

終わりました。

 連れられて病院を離れる。

 それまでの間に橘と安逹の二人と合流する。


「こんちわ!! 二人がオクヤンの友達だね」


 とにこやかに挨拶を行った。

 橘はじっとブラックスミスの顔を見ている。

 そういえばブラックスミス達はかなりの美形ぞろいだったと思い出した。

 見慣れたというのもあるし、なんだかんだで深雪とずっといたので耐性ができた気がする。


 ともかく橘が見惚れていると気づいた安逹は軽く橘の手の甲をつねる。


「あだっ!!」


「んん? もしかしてぇ」


 好奇心に満ちた表情で安逹に話しかける。


「二人は付き合っていたり、しなかったり?」


 それに答えるように安逹は橘の腕に自信の腕を絡める。


 それを見たブラックスミスは表情を明るくさせながら質問を始める。


「ねぇねぇ、きっかけは? どっちから告白した? それから――」


 とスラスラと話しかけながらあけすけな笑顔で安逹に絡みに行く。

 子供のように無邪気ともいえる笑顔で絡まれる安逹はすぐに打ち解け始めた。


 その様子をため息交じりで見ている。

 すると不意に首に腕をかけられて少し離れた場所に連れていかれる。

 相手は橘だ。


「どこで知り合った?」


 割とマジな表情だ。


 どこで知り合ったと言われても――


「待合室で出会った?」


「なんで疑問形なんだよ!!」


 とあたりまえすぎる突っ込みが入る。

 そうは言われても正直そうとしか言えないので困っているとある光景が頭の中に浮かんでくる。


「知っている人の身内なだけだよ」


「知っている人って誰だよ」


 割と絡んでくるので、どうしたものかと悩んでいたら安逹が小走りでこっちに来た。


「お昼ご飯の場所決まったよ!! えーと名前がなんだっけ?」


 それに対してブラックスミスが笑みを浮かべて答える。


五宮 羽黒(いつみや はぐろ)よろしくねぇ、居候している親戚の所がご飯も食べれるところでさ、来てよ」


 とヒラヒラと手を振ってこたえる。


 橘は小さく俺に耳打ちして――


「そこか?」


「ああ」


 と返しておく。


 なんだかなぁ。

 と思いながらブラックスミス――羽黒の後について行った。


===============================


 向かった先はこじんまりとした喫茶店のような場所だ。

 お店は白が印象的で、看板には『喫茶&軽食 Lapis Lazuli』と書かれている。


 中に入ると落ち着いた内装の喫茶店で、日のさす窓側に四人ほどかけれそうな丸テーブルと椅子セットが一組。

 奥に中が見通せないボックス席のようになっている場所が一か所。

 そして五人ほど並べれそうなカウンターがある。

 そのどれも良く手入れされている。


 店内に店名のとおりいくつか青い鉱石を使ったモザイク画が飾られている。

 カウンターの奥には見慣れた女性が居る。


「いらっしゃい山上君」


 にっこりと穏やかな笑顔を向けてくるのはリーパーだ。

 表情からはかつてあったどこか張り詰めた様子は抜けている。


 白いブラウスとスキニーデニムと活動的な服の上にシンプルなエプロンをしている。

 豊かな髪はきれいに編みこまれている。


「なんでこんなことをやっているんだ?」


「まぁ、趣味ですね、ともかくご注文は?」


 と言ってメニューを示すが物自体は少ない。


「じゃあこのおすすめって書いてあるカルボナーラで」


「あ、オレも」


「私もそれで」


 その様子に楽しそうにリーパーはうなずく。


「かえって来てすぐで悪いけど羽黒も手伝っていきなさい」


「はーい、わかったよ」


 と気安い口調で答えて奥にきえた。


「それじゃあ少し待っててくださいね」


 と残してリーパーも奥に消えた。


 そこで背中の辺りをつつかれる。

 相手は安逹だ。


「どんな関係なの? すごい美人だよね」


「まぁ、そのちょっと縁があって絡まれてるんだよ」


 カウンターに座りながら聞かれる。


 知り合った経緯の記憶はぼかされているのではっきりとは言えない。

 そんな答えで納得するはずがなく二人はさらに質問を重ねようとするが――


「はい、お冷よ」


 といって人数分の水が入ったお冷を置いてきた。

 同時にウィンクをしながら――


「あと少しで出来るから待っててね」


 薄く笑みを浮かべながら続きを話す。


「今日はいいチーズが入ったの、期待してほしいですね」


 と言って去って行った。


 二人はどことなく呆けたような顔をしている。


「不思議な感じがするな」


「そうだねぇ、なんだかいい匂いもするし楽しみ」


 と俺にしていた質問はすっかり頭から消えたらしい。


 そのことにホッと胸をなでおろす。


 そうして雑談を少し行っているとカルボナーラが出された。

 安逹は少し少な目で、俺と橘には心持ち多めに見える。


「そっちの子は少しだけ小盛でいい? その分勉強しておきましたし」


「あ、すいません」


 と文句もなさそうに頭を下げた。


 そうやっている間に俺と橘は手を合わせ、トロトロのチーズベースのソースにあらびき胡椒、大きめのベーコンのような角切り肉、そして半熟卵というとてもオーソドックスなカルボナーラに手を付けた。


===============================


「ごちそうさま」


「またいつか来ます」


 と二人は料金を支払って帰っていった。

 正直俺もだいぶ腹が満たされた幸福感で家に帰る気がしないでもない。


 見た目は王道中の王道で写真映えはしないが、味は驚くほどよく心も満たされた感がある。


「で、ここまで呼んだ理由は?」


 俺の言葉に楽しそうに笑みを浮かべて話を始める。


「不思議に思っているんじゃない?」


「まぁな。」


 素直にうなずく。

 そして一応聞いておく。


「他の三人は?」


「ディープスロートは投資会社、ウォーモンガーは世界をブラブラして、ナードは小学生ですね」


 いつの間にか淹れられていた紅茶が出される。


 一瞬迷う。

 それに気づいたのか苦笑しながら――


「サービスよ、わざわざ来てくれたんですから」


「なるほど」


 口をつけ軽くすする。


 微かな苦みと淡い甘み、そして豊かな香りを感じた。


「ノスタルジストと昭和、平成のクリーチャーに関わらなかったら死ななかった人は全員生きている世界です」


 そこでいったん言葉を切って――


()()()()()()()()


「そう、か」


 何となく察していたので大きな落胆は感じないだろう。


 そう思っていた。

 しかし、はっきり口にされると胸の奥に重しが乗ったようにズシンとくるものがある。


「深雪ちゃんは観測者です、ですから概念的には外に居る存在なわけです」


「……」


 段々と後悔が湧いてくる。

 最後にわかっているフリをするんじゃなかった。

 そんな想いだ。


「見ているかな」


 ポツリと言葉を漏らす。


 そこでリーパーはニコリと笑みを浮かべて聞いてくる。


「ところで山上君?」


「?なんだ?」


 唐突に名前を呼ばれたので聞き返す。

 リーパーの表情は今までの話とは正反対に楽し気だ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()


「?」


 唐突に聞かれて答えようとするが――


「あれ? 思い出せない」


「なるほど、やっぱりね」


 笑みを強くしてボックス席に呼びかける。


()()()()()()()()()()()


「はぁっ!?」


 思わずかなり大きな声が出てしまった。


 振り返り見た視線の先には確かに恥ずかしそうに視線を外している深雪が居る。


「まった、どういうことだ?」


「ええと、ですね」


 問いかけられた深雪はとつとつと話始める。


「私の前だった人格……もう私も思い出せない名前なんですが、その方が幸せになってほしい、と」


 顔を上げたその目には戸惑いと涙がたまっている。


「私が思い出されるといけないから、無機脳の方の山上さんは連れていくって答えてそれで……」


 その言葉を聞いてようやく理解する。


「そうか、俺は深雪の前の存在とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そこを連れていかれたのなら俺はその存在を思い出すことはできない。

 そして、その存在が外の存在として深雪を観測すれば良い。

 かなり理論が飛躍した話だがその話は奇妙に受け入れられた。


「だから、その――」


 まだ言葉を続けようとする深雪を大切に抱きしめる。


 驚いた深雪は体を一瞬こわばらせるがすぐに緊張がほぐれたのか俺に体重を預けてくる。

 その驚くほど軽い体重を感じながらゆっくりとつぶやく。


「おかえり、深雪 また会えて本当にうれしい」


 その言葉を聞いた深雪は涙を流しながらしゃくりあげるように声をつなげる。


「ええ、ただいま です 奥谷 とても あいたかったです」


 ひとしきり二人で抱きしめ合い。

 若干名残惜しいが身を離し、辺りを見るとリーパーは気を利かせたのかいつの間にかいない。


 そして並ぶように置かれたハートのラテアートがされたまだ湯気が立っている二つのカップ。


「っぷ」


「ふふ――」


 それを確認して深雪と顔を見合わせて笑いあう。


 なんの憂いもなくただ思うさま笑えたのは本当に久しぶりだ。


 そうして深雪の目尻に浮いた涙を指でぬぐう。

 深雪もまた俺の涙をぬぐう。


 そして一歩離れて恭しく頭を下げる。


「初めまして、深雪さん」


「ええ、初めまして奥谷さん」


 言葉は丁寧に、しかし込めた感情は気安いパートナーに向けるそれだ。


 顔を上げてかすかに朱く染まっている深雪の深い色の目を見ながら頼み込む。


「好きです!! 付き合ってください」


「ええ!! 喜んで」


 手を取り、どちらからともなく唇を合わせる。


 これから二人でいま以上の感情を育んでいこう。

 そう思いながら今はただ抱き合った。


 どこか遠く、それこそどこまでも遠い場所のカップルが苦笑したような赤面したような。

 そんな不思議な感覚を得ながらただ今は腕の中の何よりも大切に思えるものを抱きしめた。

書き終わった感想などは後日活動報告に上げます。

同時に前の中身の誤字やらの修正も行います。


それでは皆さまありがとうございました。

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