5月1日-1
間に合いました。
スマホのアラームで意識が浮上する。
見えたのは見慣れた天井――俺の部屋だった。
「……」
無言で身を起こしあたりを見る。
なんてことはない普通の朝だ。
スマホのホーム画面に表示されている日付は5月1日。
「無事朝になったんだな」
肩から力が抜ける。
さらに確認するために寝巻から部屋着に着替えて今に向かう。
と、そこにはくつろいでいる様子の幸次さんが居た。
新聞を広げ読んでいる。
「おはようございます幸次さん」
「ん? ああ、おはよう奥谷」
そこで幸次さんが読んでいる新聞を示して一つ頼む。
「あの、後で新聞を読ませてもらってもいいですか?」
「ああ、なんなら今すぐいいぞ」
と言って手渡してくれたので、軽く頭を下げて受け取る。
そのごまず見たのは日付だ。
そこにははっきりと令和元年と書かれてある。
新聞の中を見てもここ最近に起きたたくさんの災害や事件は一切書かれていない。
そして中は今日行われる皇位継承についての話題でいっぱいだ。
「……なかったことになったという事か?」
ぼそりと通妬いたその言葉に幸次さんは気づいて。
「なにかあったのか?」
「なんでもないです」
と言いながら新聞をたたんで返す。
幸次さんは不審そうな顔だが大して気にする様子はない。
テーブルの上を示して――
「まぁ、飯はできてるからなんか用事があるんだろ?」
「そうでしたっけ?」
と言いながらスマホのカレンダーのアプリを起動すると――
「!?」
「どうした? 何かおかしいぞ?」
今度こそ疑問に思われた。
それに対して言い訳をするように言葉を続ける。
「あ、時間がけっこう迫っていたことに気付いて……」
「ならいいが」
と何とか言葉を返してごまかす。
幸次さんは何か言いたげだが肩をすくめて話す。
「ならいいが、相談したいことがあるなら遠慮なくしていいぞ」
「ありがとうございます」
頭を下げて、出かけるためにまず朝食をとることにした。
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朝食を食べた後、着替えて少し早めに家をでる。
向かう先は駅前の広場だ。
そこには祝日というのもあってそれなりに人が出歩いている。
人の往来を眺めていると一人――いや一組の男女が俺に向かって歩いてきた。
「すまんすまん、まったか山上」
屈託なく笑いながら近づいてくる橘と――
「もー!! 急に駆け出さないでよ!!」
軽くだが怒りながら小走りで近づいてくる肩口で髪を切りそろえた同じ年頃の少女――安逹 佳純だ。
名前もなくなってしまった存在と恋仲になって、俺と殺し合いを行い、最後は服毒自殺のような結末を迎えた橘。
そして、とあるきっかけで安逹と急激に仲が良くなった橘。
その両方の記憶がはっきりと残っている。
どちらも同じくらい色鮮やかに覚えている。
「すまんな山上、姉さんが助けてくれたお前にどうしても挨拶がしたいって聞かなくて」
「……俺も驚いたよ」
じわじわと脳裏に浮かんでく記憶がある。
それは少し前に体調の悪そうな妊婦を助けた記憶だ。
そんなことを行ったという記憶はない。
そんな思いも確かにある。
はやい話がノスタルジストと戦った記憶と、戦わなかった記憶の両方がある。
そして実感を持って思い出せるのは戦わなかった記憶だ。
戦った方は吹き散らされるように色あせていく。
覚えていられると都合が悪いと何かが手を加えているようにも感じる。
そのことに背筋が寒くなる。
「どうした? 山上?」
橘が心配そうな視線をこちらに向けている。
それに対してゆっくりと首を横に振りつつ。
「いや、大丈夫」
「ならいいけどな」
そこで安逹が橘の手を引きながら急かす。
「ほら早く赤ちゃんの顔見に行くよ!!」
声は弾んでおり、待ち遠しいようだ。
その様子をどこか困ったような笑顔で橘は安逹を見ながら頷く。
「よし、行こうか」
「オッケー」
見つめ合い早速二人の世界を作り始めたので空を見上げてつぶやく。
「俺、お邪魔かもなー」
とため息交じりにもらす。
しかし約束した以上向かわないという選択肢はないのでおとなしく二人の少し後ろについて行った。
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「さて、どうしたものかなぁ」
病室から少し離れた日のさす待合室で呟く。
赤ん坊を抱いて記憶にあるよりやつれてはいるが楽しそうに笑みを浮かべている橘のお姉さんに挨拶をした。
その際、赤ん坊の手を触らせてもらったが――
「本当に大きくなれるのか不安になるくらい小さくて、柔らかかったな」
不思議な何とも言えない感情、それでも間違いなく温かな感情が胸にみちる。
そうして、ふと思い出すのは橘と安逹が一緒に歩いている光景だ。
それは世界を再度始めるためにずっと遠くに去ってしまった存在を意識させられた。
だからいたたまれなくなってこうやって二人から離れてしまった。
「はぁ……」
「なーにため息ついてんのさ」
「うわっ!!」
首筋に冷たいものを押し当てられて跳びあがる。
とっさにそっちを見ると、黒髪をポニーテールにまとめた同じくらいの年頃の女子が居る。
服装は俺が通っている高校の制服を着崩したものだが覚えがある顔だ。
「ブラックスミス、どうしてここに!?」
「ほら、大きな声はだめだめ」
と言って冗談めかしてウィンクしながら口に人差し指を立てて当てる。
確かにそうだが釈然としないので不満を込めた視線を向ける。
すると大して悪びれる様子もなく首に押し当てた飲み物を差し出して――
「これがお詫びだよ」
「……はぁ」
ありがたく受け取る。
が、それは炭酸飲料のようだ。
嫌な予感がしたので。
「開けるときお前に向けてもいいか」
「察しが良いね」
と言って今度はコーヒーの方を差し出してくる。
なので機械的に交換して問題がなさそうなのを確認して今度こそ開ける。
ブラックスミスの方は案の定開けることなく手にもったままだ。
「ぼくをみて、聞きたいことがあるんじゃないかな?」
「ああ」
素直にうなずく。
これは降って湧いた希望だ。
だから食い気味に答える。
その様子にブラックスミスは満足げに笑いながら離れる。
「ならついてきてよ、“リーパー”……姉さんって言った方が良いかな? が話したいことがあるってさ」
「……わかった」
頷いてついて行く。
敵対した記憶はある。
しかしもう敵対する理由がないように思えたからだ。
明日も頑張ります。




