卯月卅日-2
間に合いました。
「ふぅ」
誰もいない部屋で、ため息を一つつく。
目の奥からせりあがるような痛みを感じて目を伏せる。
それもそのはずだ、ここ最近熟睡できた覚えがない。
まだ昼を多少越えた程度だというのに脳に絡みつく重さを感じる。
「ですけどおおむねうまくいってるわね」
本州の本州の中央に陣取った深雪ちゃんの鳥から送られる電気は重要な施設の機能を維持できる程度にはある。
停電による事故はあるがかろうじて死者は出ていない。
作ってもらったアレの配備も全速力で行っているが使う事態になるかどうかは五分五分だろう。
「ん――」
目の疲労から来る痛みが我慢が難しい域まで来たので目を伏せたまま手元のカバンを漁り使い捨てるタイプのホットアイマスクを探して――
「これですよね」
包装がはがされたホットアイマスクを受け取りながら言葉を返す。
「ありがとう、リーパー」
「あら、驚かないのですね」
誰もいない部屋に物音一つ立てずに忍び込めそうな相手はリーパーくらいしかいない。
それにある程度予想はしていたから驚くことはない。
「それで挨拶にでも来たのかしら?」
温かくなり始めたマスクをかけつつ話しかける。
すると首筋に冷たく鋭いものが当てられる。
「暗殺――」
殺気としか言えない物にさらされる。
が、それを無視して体重を椅子に預ける。
「嘘ね」
「……」
即座に否定して二呼吸ほど置いて――
「さすがにわかりますか」
苦笑に近い声で答えられる。
目の周りのコリがほぐれるような感覚を得る。
その心地よい感覚に身を任せて会話を続ける。
「むしろ遅いくらいよね、暗殺ならここまで土壇場に来るなんてありえないもの」
「なら私の目的もわかりますね?」
この状況でくるなんて目的は一つしかない。
交渉だ。
だが――
「さあね」
「いけずですね」
鈴を転がすような声で少しだけ笑った。
私も声に対して自信があるわけではないが、こういう細かいところの性能の高さには舌を巻く。
「たしかにお願いに来ているのは私の方だから私からするのが筋ですよね」
足音もなく私の背後に回り、首筋に手を当てる。
ゆっくりと私の首を指圧するように力をかけてくる。
「このあと、北海道に大停電が起きます」
「予想通りね」
それだけかえす。
するとクスクスと笑いながら。
「それを阻止したらどうなるか知りたくないですか?」
「……どうかしらね」
とぼける。
興味が無いといえばうそになるが、確証もない情報に飛びつくことはありえない。
「ならこの話はこれまでね」
「聞いたら絶対にそれを嘘か本当か考えて行動する必要がありますからね」
首筋に当てられた指に力がこめられる。
それは私を絞め落とす一歩手前ほどの力だ。
「ともかく明日まで平成という事をお忘れなく」
「脅すのか励ましに来たのかわからないわね」
口元に意識して笑みを浮かべて返事をする。
本質的にはノスタルジストはやらかしたことは大規模テロ集団だ。
しかし福島第一原発の事も考えると滅ぼすのは目的ではない。
となると明日もあるというのは助言に近いだろう。
そしてその言葉をノスタルジストのリーダー格から聞いたのは大きい。
「連絡先を置いておきますので、どうぞ」
「そう」
気のないふりをして一言で切り上げる。
それを知ってか知らず小さく笑い。
「これはサービスです」
と指を首から離した。
気配が消えたことを確認してアイマスクを外すとメモ用紙が置かれている。
そこには一度だけと但し書きがされて携帯電話の電話番号が書かれている。
それを懐に納めたとき気づく――
「肩回りのコリもなくなってるわね」
軽く体を動かして確認する。
ここ最近でもっとも軽快に体が動く。
だからこんな言葉が漏れた。
「マッサージ師でも食べていける気がするわね」
そんなことを言いながら次の行動に移った。
明日も頑張ります。




