4月30日-1
間に合いました。
「なぁ」
目の前――正確には俺の額に自身の額を当てている深雪に話しかける。
これ以上ないほどの至近距離で見る整った造形は心拍数が上がる。
場所は月明かりがさす山の中、ほとんど人がいない場所だ。
夜風がゆるく木々の間を抜けていく。
「時間がありませんから」
とどこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。
いま深雪には俺の強化外骨格の再調整とエネルギー供給のパスを再設定する作業を行っているのだが額と額を合わせての作業姿勢になっている。
「集中しているのでもう少し強く抱きしめてくださいね」
「ああ」
言われた通り腰の回した腕に力を籠める。
その細い腰は簡単に折れそうなほどだ。
そして甘い清潔な香りが鼻をくすぐる。
「……」
「心拍数がまた少し上がりましたよ」
悪戯っぽい響を持った声が耳をくすぐってくる。
喉の奥でクスクスと笑う声が聞こえたので少しだけ抱きしめる力を強くする。
「くすぐったいですよ」
深雪は大して困っていないようだが体をこすりつけるように寄せてきた。
その服越しにわかる華奢ながらも柔らかい曲線を意識する。
「っ!?」
その感触は刺激が強すぎる。
腰を抱きしめている手に汗が浮かぶのがわかる。
柔らかい感触と共に深雪の熱を感じる。
とかすかな足音が聞こえ――
「っ!!」
慌てて去って行った。
抱きしめ合い、女性は男性に身を寄せてほぼ密着するほど顔を寄せている。
はたから見れば恋人同士の密会のようだっただろう。
ちらりと見えた服からすると自衛隊の方だろう。
「誤解されちゃったかもしれませんね」
深雪が笑っているのがわかる。
それにつづけて――
「私からは誤解じゃないですけどね」
「なぁ――」
俺の額にすがるように深雪は力を込めた。
「まだ、答えはいらない――というより勝てないうちから勝負はしません」
と深雪は言い切った。
口調こそ笑っているが声はかすかに震えがある。
「理解し――」
「男性の恋は名前を付けて保存、でしたっけ?」
「ぅ……」
ある種の核心を突かれてうろたえる。
「ふふ、淡雪もなかなか策士といいますか、ズルい女ですね」
そのセリフはあたかも自分自身に向けているようにも聞こえる。
「淡雪は本気で奥谷を心配して、本気で私に後を任せたのでしょう」
目尻から一滴の涙をながしている。
表情自体はさきほどまでと変わらない悪戯っぽい笑みだ。
それは非常にアンバランスにみえる。
「でもそれは、強く淡雪の傷痕を残します、それはあまりにも卑怯な方法です、思い出をこえることなんてできないのですから」
卑怯、というストレートな恨み言を向ける。
しかしどこか受け入れているようにも聞こえる。
「思い出として奥谷の中にのこり、代用を否定させることで私に残り続ける」
そう話して小さく笑う。
それはいままでの押しの強い深雪からは考えられないほど弱々しい表情だ。
「これで終わりです」
そう宣言して、深雪は涙をぬぐって離れる。
そのまま来た時より一歩離れた距離で戻ろうとする。
「ああ、分かった」
それを追いかけて手をつかむ。
深雪は一瞬驚いた様子だが、すぐに指を絡めて。
表情を柔らかくする。
「ええ」
そう頷いた。
俺と深雪の間でどのように関係が変わったのかは分からない。
しかし、何かが動き出したような気配を感じて二人並んで戻っていった。
明日も頑張ります。




