4月3日
何とか間に合いました。
明日も頑張ります。
よろしくお願いします。
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見た目通りの激しいダメージを受けているのか、一応買ってきたゼリータイプのカロリー補給食品を口にしている。
瞬く間に飲み干して、今度はプロテインが入っている方を手に取った。
片手のみで蓋を開けるのは中々のかくし芸を見ているように思える。
「さて、何から話しましょうか」
「聞かれたくないだろうことをまず聞くけどいいか?」
彼女は手で制してきた。
こちらの聞きたいことはもう察しているらしい。
「――難しいですね、思った以上に強かったです」
あぁ、彼女はすでに答えを得ていたのだ。
次は勝てるかどうか?
という一点に対しては思ったままの疑問を返す。
「……難しい、ということは勝算はあるわけか?」
「本当に聞かれたくないことを聞きますね」
といって目をそらしている。
「……自爆だな?」
「正確には制限を解除します、なのですぐ死ぬわけじゃないです」
デメリットがないならとっくに行って倒しているはずだ。
だからそれは避けたいことのはず。
そしてもっと大きなことを隠していると確信している。
「昨日の武器を使ってもか?」
「っ!?」
「図星だな」
明らかに顔がこわばっている。
作られたものだからかはわからないが、おそらく嘘を言えないのだ。
「使えれば勝てる、そうだな?」
「使いたくありません」
硬い声でそう返してきた。
そう返してくることは理解できる。
「なぜとは聞かない、俺を生かすために使っているからだ」
「……」
否定も肯定もしない。
だからこそ答えだとわかる。
「てつだ――」
「ダメです!!」
大声でこちらの提案を否定する。
「私の不手際なんです!! 山上さんを巻き込むわけにはいかないんです」
「いや、違う」
「え?」
静かに否定する。
考えてみればおかしいのだ。
「俺が、君を巻き込んだんだ」
俺が襲われた後に彼女が来た。
つまり――
「思い出してくれ、君が来る前に俺が襲われたんだ、順序がおかしい」
「それ、は たしかにそうですが」
何事か言葉を吟味しているようで少しだけ言葉に詰まっている。
「なぜ、狙われるんですか?」
「わからない」
俺が狙われているといったものの理由が全く思い浮かばない。
だが彼女のせいではないことだけは確かなのだ。
「今回は雲仙岳に出たが、また俺が狙われる可能性はある」
「確かに昨日は狙っているとしか思えないのですが……」
「だから戦う方法、せめて身を守る方法を知りたいんだ」
白く濁っていた目がもう澄み始めているのがわかる。
数呼吸だけ時間がたち。
「仕方がない、のでしょうね」
「よろしく」
と言いながら頭を下げる。
それに慌てるようにして彼女も頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします」
と言ってる間に体がおおむね治ったのか彼女は立ち上がった。
「では、まずやらなければいけないことを伝えます」
「ああ、頼む」
これまでにないほど真剣な顔をして一言。
「いっしょに寝ましょう」
「は!?」
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「寝ましょうって、危険な化け物がいるなら急ぐ必要があるんじゃ」
「ふっふっふ、ただであんなにボロボロになったわけじゃないですよ、結構なダメージを与えていますから」
その様子からすると痛手を与えたことは確かなようだ。
「だったら今こそ攻撃すべきじゃないのか? 武器は俺が持っているんだろ?」
「調整が必要です、そうしないと強化外骨格のパワーでねじ切られる可能性がありますよ」
「え?」
うろたえていると彼女は足元から石を一つ取り。
人差し指と中指で挟んだ。
そして、よいしょ。という軽い掛け声とともに石が真っ二つに割れた。
「は?」
落ちた石を拾ってみると確かに中まで詰まった石だ。
常識の範囲を超える筋力と強靭な骨だ。
「これくらいのことができないと強化外骨格のスピードについて行けず、体がひしゃげますよ、腕くらいなら痛いですむかもしれませんけど、首なら……」
「わかった」
せっかく命を拾ったのに、ばかばかしい理由で死ぬのは避けたいので素直に調整を受けることにする。
「だから寝ようということか、寝ている間に調整を進めると」
「ええ、戦いに巻き込むつもりはなかったので未調整です」
いつの間にか食べつくされていた食品の包装などをまとめながらさらに衝撃的な言葉を言ってきた。
「だからホテルに行きましょう」
「ぶっ!!何を言って」
「え? そんなにおかしなこと言ってますか?」
確かに考えてみれば寝れる場所はホテルか家となるのでおかしくはない。
おかしくはないのだがいらん想像もしてしまうわけで――
「山上さんのおうちでもいいですけど、いきなり押しかけたら迷惑でしょうし」
「わかった、ホテルでいいからちょっとストップ」
目的は色気も何もないのだが、文言がかなりきわどいので止める。
というわけで幸次さんに連絡しようとして気づいた。
「あ、スマホ」
もうおとといだが踏んで完膚なきまでに破壊したことを今更思い出した。
すると彼女が何かを差し出してきた。
「ふっふっふ、私は奢られるだけの存在じゃないんですよ」
どこか自慢げな様子で見慣れたスマホを差し出してきた。
それは俺が使っていたスマホだ。
電源をつけて、アドレス帳を開くと見覚えのある名前が並んでいる。
「え? まさかあの状態から直した?」
「いいえ、買いました、メモリーの部分は残っていたのでそこだけ回収して同じ商品に入れただけですよ」
「は? どうやって?」
不思議そうな顔でこちらを見つめ。
「どうやってって……お金を出したに決まってますよ」
「いやそうじゃなくてだな、なぜこの時代の金を持っているのかってことなんだが」
そこでようやく気付いたようで、一枚のカードを見せてきた。
色からすると企業の重役くらいしか持っていそうにないランクのクレジットカードだ。
「なぜかすでに用意されていた私のクレジットカードです、ちなみに私名義の銀行口座もすでに用意されておりびっくりするくらいの額が入ってました」
「用意がいいで済ましてはいけないレベルだと思うんだが」
「そうなんですけど背に腹は代えられないといいますか、私の名義ですし、ねぇ」
開き直りに近い態度でしれっと言い切った。
怪しいのは確かだが活動資金があるのはありがたいと思う。
「ですからいつかは渡そうと思って持っていました」
「ありがとう」
もうかなり遅い時間なので電話も迷惑になると思い、メッセージアプリで朝まで帰ることができない旨を幸次さんに伝えておいた。
返事が来る前に彼女へうなずいて大丈夫だと伝えた。
「では行きましょうかホテルへ」
「その前に服を替えたほうが良いんじゃないか? 直っているけどさすがに目立つ」
コスプレで言い張れないこともないが、街中の深夜にその姿で歩いていたらさすがに目立つ。
まして俺たちはどう見ても未成年だ。
悪目立ちはしないほうが良いに決まっている。
「たしかにそうですね」
そう呟いて手のひらを返すと、いつの間にか有名なアパレルショップの袋を下げていた。
てっきり服自体が一瞬で切り替わるのかと思ったので少し意表を突かれた。
「手品みたいで、驚きはするがなにか拍子抜けするな」
「私も一応女性を模してますからね、おしゃれもしたいですよ、いつまでこちらで生活するかわからないですから高いのは無理ですけど」
食事をしているときとは違う種類の笑みで袋からいくつかの衣服を見繕っている。
そこで気づくのは――
「最初に店に行ったときはどんな格好だったんだ? 別にもっと普通の格好になれるのならいいんだが」
そこで彼女は固まった。
そのあと錆びついたようなぎこちない動きでこちらを見て。
「お昼に制服でお邪魔しましたよね?」
「?ああ、たしかにそうだった、――って」
悪戯が見つかった子供のような表情で予想できた答えを返してきた。
「山上さんの学校の予備の制服を少しの間だけ拝借したついでに買い物に使わせてもらいました」
なるほど、たしかに登下校のついでに買い物に回る女子は珍しくはない程度にいるし、学校も止めてはいるが半ば罰則なしのようなものだ。
「思っていたより、なんというか」
「まだ会って少ししか経ってませんから当たり前ですよ」
小さな笑みとともに告げられたそれに苦笑を返す。
いつの間にか彼女は薄手のニットとフレアスカートになっている。
スカートからは厚手のタイツに覆われたスラリとした足が伸びており、淡い色の靴を合わせている。
「じゃあ行きましょうか」
「ああ」
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あの後そこそこのランクのシティホテルに連れていかれる。
話ではこれまた数か月先まで取られていたらしい。
若干奇異の目を受けながらも首尾よく目的の部屋についた。
「まるで最初からこの街にくることが決まっていたみたいだな」
「そこなんですよね、たまたま入ったこのホテルにすでに部屋がとられていて、あの軽装備状態でも普通にチェックインできたのもおかしいですし」
「ホラーの域の用意周到さだな、そこのところの従業員への聞き込みもいつかしたいな」
「ええ」
ドアを閉めて安心して会話を始める。
すると彼女は窓からの薄明りしかない部屋の中、迷わずシングルのベッドに向かい、靴を脱いでベッドにのっかり。
枕をどかしてその位置でアヒル座りをした。
呆然としているとひざのあたりを軽くたたいている。
ここに頭を乗せろ。とでもいうように。
「はやくきてください、神経系との同調が特に大切なんですから頭部のスキャンが大切なんですよ」
「な、なるほど」
一応うなずくがただ寝るだけだと思っていたので心臓の鼓動が早くなるのがわかる。
覚悟を決めて膝に頭を乗せる。
中身が詰まった弾力と温かさを後頭部に感じる
と、どこか清潔感を感じる甘いにおいがする。
「どうですか? 変な気分になったら行ってくださいね」
またも違う意味にとってしまいそうな発言をしていることに、少し頭が痛くなるが無視をする。
と、視界の端に光の粒が飛び始める。
それは範囲を広げてゆき、一瞬我慢できないほどの光量を感じる。
「っ!!」
「隠されている強化外骨格の視覚のセンサーと今まで以上につながったせいですね、すぐ収まりますよ」
「確かに……」
ろくな照明もないのにくっきりと彼女の顔が見える。
ともすれば――いや、はっきりと彼女の光彩まで判別することができる。
「聴覚――」
と、自身のふだんよりテンポの速い鼓動の音が聞こえる。
そして、彼女の規則正しい鼓動も聞き分けられる。
「その――」
「そのまま私の鼓動に耳を傾けていてくださいね」
諭すような口調とともに頭を固定するようにこちらの両耳を抑えられた。
その言葉に従い、目を伏せ彼女に鼓動に耳を傾ける。
そうするとなぜか彼女の胸の奥の心臓の位置がはっきりと知覚できた。
「これは、すごいな」
「ええ、そうでしょう」
優し気なその声と鼓動に耳を傾けていると段々意識が闇に落ちるのがわかる。
「そのまま寝てもらっても大丈夫ですからね」
「ああ、たの――」
んだ。と言い切る前に意識が途切れた。
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数日ぶりに気持ちよく意識が浮上していく。
視界に広がるのは寝る直前に見た整ったその顔だ。
何気なく窓を見るとようやく日が昇り始めるころだ。
「おはよう」
「ええ、おはようございます」
少し違うかもしれないが心地よい声に起こされる喜びをかみしめる。
そのままの姿勢で彼女は伝えてくる。
「探査用のドローンを展開させたところ雲仙岳のクリーチャーが活動を再開し始めるのは午後四時頃です」
「なるほど、それまでに叩かないといけないということか」
彼女はゆっくりと首を振り否定する。
「強化外骨格の調整は終了していますが、山上さんへの操作方法のダウンロードはまだです」
「いつぐらいになる?」
「午後四時少し前」
心の中で悪態をつく。
せっかくのチャンスを無駄にしているのだ。
「そして活動を休止しているクリーチャーは防御形態をとっており、私では打ち抜けません」
「授業を早退してダウンロード完了後、即倒す形になるわけだな」
「えぇ、悔しいですがそれしかないです」
しかしその表情をすぐに切り替える。
「ですが何もできないわけではないですし、日常を続けるというのはとても大切です」
「確かに」
身を起こして、妙な具合がないか確かめるが、違和感はない。
この時間なら幸次さんに顔を見せてから学校に向かうくらいはできるだろう。
「じゃ、あとでよろしく」
「ええ、迎えに行きますね、時間は――7時限のすぐ前でお願いします。」
笑顔で見送られて部屋を出ていく。
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家の扉を開けると中から特に気配を感じないことに気付く。
まさか、と思い気配を消して居間へと向かうと――
「なんだ早くにでただけか、」
そこにはいつものように弁当とラップがかけられた朝食。
そして、早朝に出なくてはならない用事ができたことが記された書置きが残されていた。
書置きにペンで感謝の言葉を続けて書いて。
朝食に手を付けいつもの日常に戻る。
「立て続けにいろんなことに遭遇したが、世界はそれでもいつも通り、か」
と、そんなのんきなことを言ってはみたがやはり世界的にきな臭い動きは変わらずあるようで、新聞には
「イギリスで軍縮にかかわる大きな国際会議が開かれたが議論は尽きない、ねぇ」
そうこうしている間に学校に向かう時間になった。
「じゃ、行きますか」
使った食器を洗い桶につけて、学校に向かうことにした。
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学校の様子はいつも通りで。わずかな人数が昨日の雲仙岳が急に噴火したが、変に静かなことへのオカルトじみた噂話を話し合っていたくらいだ。
その真実を俺は知っているが――
「未来から送られた化け物がやりました、なんて方が荒唐無稽だな」
と笑いをかみ殺しながら昨日のように人目につかない場所へと向かう。
そろそろ最後の授業が始まる時間だろう。
時間に几帳面なようで彼女はすでに待っていた、ご丁寧に昨日のように女子の制服を着ている。
「準備――というのもおかしな話ですが、命の危険があります、やり残しはありませんか?」
彼女をじっと見て、思い直して首を横に振る。
「ない、頼む化け物との戦いに向かってくれ」
「わかりました、では手を取ってください」
「あ、ああ」
その細い手を握る。
素手で石を割れるとは思えないほど繊細な作りをしている。
そんな妙なことを思っていると――
「接続――起動、展開」
三つの単語を矢継ぎ早に続けた。
まず起きたのは温かなものがつなげられた感覚だ。
そして体の奥で歯車がかみ合ったような不思議な感覚に移り――
「これは?」
いつの間にか俺の体はつるりとした印象を持つ装甲に覆われていた。
大まかな印象だが彼女が着ていた物より装甲が薄めな気がする。
「山上さん用に調整しなおされた強化外骨格です、生存性能へのパラメータを多目に振ってます」
「そうなのか? 印象的には薄くなってるような気がするんだが」
「ああ、簡単な話です私は機動力特化したので装甲の真下にブースターを山ほど詰んでたんです、下手な場所に攻撃が当たったら大ダメージ喰らっちゃいますね」
と、割とものすごいことを言われたので少し引き気味で彼女を見る。
すると恥ずかしそうに目をそらして。
「と、ともかく雲仙岳へ向かいましょう」
「そうだな、と、なんでそんな恰好を?」
彼女はこちらに両手を差し出している。
抱き上げられるのを待つようなポーズだ。
「その状態なら山上さんの方が飛行速度が速いのでお願いします」
「ああ、なるほどな」
納得したので彼女を横抱きにする。
首に手を回してきて笑みを浮かべてくる。
さて、どうやって飛ぼうか? と考えると電子音が響き体が浮かんだのがわかる。
「ダウンロードってこういうことか」
便利なものだと思いながらまっすぐ上へと飛び上がった。
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[では、道すがら説明しますね]
[? これは?]
何となく理解できるが音速を越えた世界で会話ができている。
[私と山上さんの間でエネルギー系の接続がされているのでついでに通信もつなげました]
[接続? なんでまた]
向かう先が決まっているので自動操縦が起動したのがわかる。
だから会話を続けることにした。
[私は高出力高性能のエネルギーの変換炉を持っています]
[ああ、胃袋とか]
茶化すように返してみた。
すると彼女の頬に朱がさしたのがわかる。
まさか。と思っていると。
[も、もうちょっとオブラートに包んでくれませんか]
[あ、いや、冗談だったんだが]
まくしたてるようにして彼女は言葉を続けてきた。
[と、とにかくです、私は食事から膨大なエネルギーを取り出せます、今の技術では理論上でしか存在しえない効率で、です]
[なるほど]
うなずいて言葉を促す。
[山上さんの方でその強化外骨格のエネルギーを発揮しようとするなら、あっという間に餓死しますよ
だから遠隔操縦を応用してエネルギーを私から送ってます]
[なるほど、ありがとう]
そろそろ見慣れた、安心させる柔らかな笑みを浮かべて
[どういたしまして]
[で、作戦は? 戦い方がインストールされてるかもしれないが……]
[ああ、今回は簡単ですよ、特別な技術もいらないですし]
あっさり言い切ったので安心していると――
[それ!! 今です!!]
と言って彼女は腕の中から飛び出した。
は?
と思う暇もなく気づけば目の前、ほんの数十センチもない距離に昨日の夢に見た醜悪な化け物の鼻づらがあった。
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「ななな――」
そのまま勢い、音速を越えたスピードのまま化け物に衝突し、砕くように貫いた後でこんな無茶な作戦を行わせた犯人を捜す。
見つけたのでさすがに抗議のために詰め寄る。
「これが作戦のわけないだろ!?」
「高質量高速の物体の運動エネルギーは今も昔も最強ですし、あれの数倍のスピードでぶつかっても余裕で無傷の装甲だったので」
あまりにもあんまりな理由を言われて崩れ落ちる。
「いや、そうかもしれないが、君からあらかじめ言っといてくれたら覚悟もできた」
「すいません次からはちゃんと伝えます」
言いながらこちらに手を差し出してくる。
その手を取りながら、
「次からって、――次はないほうがいいんだが」
「そうですね、山上さん」
「頼むよ――」
立ち上がりながら彼女の名前を言おうとして、本当に今更の事を思い出す。
「そういえば、名前聞いてなかった」
「あ、確かにそうでしたね、私の名前は淡雪です」
名前の通りどこかはかなさを感じる笑顔で告げてきた。
対する俺は、ようやく名前を聞けたとどこか安心しながら。
「ああ、よろしく淡雪」
名前を呼び握手をする。
と、急に膝から力が抜ける。
「あ、この感覚は」
もはや慣れ始めてしまったことへの前兆。
気絶だ。
「ごめ、もう、無理」
そしてまた意識が闇に飲まれてしまった。