ⅩⅩⅧ-6
間に合いました。
「ボクと彼女ーー諸井くんのお姉さんとは結婚を前提にしたお付き合いをさせてもらっている」
消毒薬にも似た清潔なにおいを感じる病院の廊下。
静かではあるが人が働いている空気を感じる。
そこで人の良さそうな顔をどこか曇らせて相手は話をしている。
おれは意を決して質問を行う。
「こういう雰囲気のときに聞くのも変な話だけど、姉さんのどこが好きなんだ?」
「そう、だねぇ」
と考え込んでいる顔に見える。
だが恐らく違う。
というのも口許がわずかに緩んでいる。
だから直感する。
のろけられる。
と。
「まずボクの一目惚れでね。 同僚が看護師との飲み会を企画したとかでその場でアタックしたけど袖にされてね、その場では何の成果もなかった」
と少し遠い目をする。
「それからしばらくしてね、熱が出てそれでも会社に出なきゃならないとかで無理をして出たんだけど、道端で倒れてさ」
その表情は恥ずかしそうだ。
姿勢もどことなく背を丸めぎみだ。
「それを介抱してくれたのが諸井くんのお姉さんだった」
目を細めて、その時の事を思い出している様子だ。
表情は楽しそうですらある。
「意識を失っていたし、まさかという思いは有ったけど、助けてくれた人へのお礼を言いに言ったら彼女だった」
ふふ。
と少しだけ笑っている。
「運命だと思ったね」
「少し強引じゃないか?」
その言葉に相手は不適な笑いを返してくる。
「相手を意識するのなんてその程度でも十分だよ、動き出す動力になればなんでも良い、切っ掛けさえあったならあとはそれを信じるだけさ」
そこで少し悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「もちろんストーキングはだめだよ」
そのあとに思出話を語り始める。
「お礼と称して食事に誘った事から始まったなあ」
思い出し笑いを浮かべながらゆっくりと話す。
「ボクが猛烈にアタックしていたから不安だったけどちゃんと告白を受けてもらえたのは嬉しかった、特に不安だった事を伝えたときにーー」
なにかを思い出すようにゆっくりと話す。
「憎からず思ってるから誘いを受けたんだ、いい加減気付けってね」
暖かなものを見つめるような視線で言葉を続ける。
「うれしかったなぁ。」
しみじみと語っている。
そこでなんとなく感じている疑問をぶつける。
「じゃあなんで別れるとかそういう話になっているんだ?」
その言葉を聞いて明確に顔が曇る。
「君のお姉さんが妊娠しているのはさすがに知っているよね」
「あ、ああ」
急に話が飛んだ気がして面食らう。
頭のどこかでそれより先の事を聞く事をやめるよう訴える衝動がうかぶ。
しかし、それ以上に好奇心に近い思いが湧いてくるので黙って耳を傾ける。
「子供はもう居ないし、宿すこともないんだ」
重々しく告げられた言葉を一瞬頭が理解できなかった。
ーーいや理解する事を拒絶した。
「もう子供を産むことができない石女と結婚しちゃいけないってね」
頭の片隅にジワジワと後悔が湧き始める。
相手もなにかを後悔を漏らすように呟く。
「彼女が妊娠したことをボクがとても喜んだかもしれないんだ」
「ボクは彼女と一緒にいきたかった、でもそれを伝えてもかたくなで……」
困り果てたようにうなだれながら呟いた。
おれはなんと言葉をかければ良いかわからずに口を閉ざしていると、相手は顔をあげおれをみる。
そして懇願するような口調で頼み込んできた。
「こんなことを言うのは自分勝手だろうけど諸井くんの方から元気付けて欲しいんだ」
「それは……言われなくてもやるけど」
そこで言葉がつまる。
「ありがとう恩に着るよ」
その言葉を聞いて、ある疑問がうかぶ。。
「ところであの子供を産むことができないって何が起きたんだ?」
「ああ、そうか、それを伝えていなかったね」
と言ったときだ。
「待ちな!!」
と鋭い声が病室の中から聞こえる。
だから中に戻ると姉さんが上体を起こしている。
その目には相変わらず諦めに近い光が浮かんでいる。
「わたしの体のことだ、わたしから話すのが筋だ」
その言葉に気圧されるように二人で姿勢を正した。
すると持っている物から控えめにチャプンと水音がした。
明日もがんばります。




