ⅩⅩⅧ-5
間に合いました。
得体の知れない女に連れられたまま、ある病院の前に下ろされる。
「こちらをもって三階一番奥の部屋ですよ」
「あ、ああ」
耳から染み込むように入ってくる声を疑うことなく頷く。
渡された物はメロンほどの物が入っている布袋だ。
キャンパス地の厚手の袋は中に何が入っているか見ることができない。
持ってみたところ、ズシリときて何らかの液体が満たされたガラス製品のようだ。
「そちらの中は病室を出るまでは見てはダメですよ」
ああ、あと。
と思い出したように言葉を追加する。
「後悔したくないのでしたら大切にした方が良いですよ」
含みのあるその言葉に対して頭の片隅で疑問が浮かぶ。
しかし俺の霞がかった頭はその疑問を追求することなく言われるままにフラフラとした足取りで病室に入る。
中にはさっきの女が言っていた通り姉さんがいる。
しかし、記憶にある姉さんとどこか印象と食い違っている。
こちらを見た姉さんは一瞬ポカンとした顔をして、確かめるような口調で話しかけてきた。
「もしかしてーー諸井か?」
「あのーーなんと言えば良いのか」
と言葉に詰まるが自然に思い浮かんだ言葉を口にする。
「ただいま、姉さん」
「あぁ、お帰り」
力ない言葉でようやく印象が食い違っていた理由にきづく。
姉さんはエネルギーの塊のような人だ。
それが声も表情も弾けるようなエネルギーを感じられない。
不審に思う。
と、扉から控え目のノックがして開けられる。
開けた人物はどことなく頼りなさが滲み出ている男性だ。
姉さんと同じくらいの年頃で、その左手の薬指には指輪がはまっている。
そこまで確認すると相手は表情を明るくしてーー
「もしかして諸井くんかい?」
「ああ、もしかしてあなたがーー」
そこで相手はおれに頭を下げてきて。
「諸井くん、君の兄になるーー」
「ストップだ」
姉さんから不意に鋭い声での制止が入る。
表情は気丈だか、どことなく泣き出す寸前の危うさを持っているように見える。
「結婚の話は白紙になったはずだよ」
「君はまだそんな事を言っているのか」
その表情は悲しそうに見える。
「ボクが君と結婚したいんだよ」
姉さんはそこで力なく首を横に振り。
「そうだとしても、今は一人にしてほしい」
「……」
男性はなにかを言いかけるが、姉さんの視線を受ける。
その視線は力なく震えている。
が何よりも痛いものを向けられているように男性は視線をはずしーー
「分かった」
最終的に不承不承という形で退いたようだ。
そのあとすぐ俺の方に視線を向けて話しかけてくる。
「ねえ諸井くん、外で少し話そうか」
男性に呼ばれ、打ちひしがれたように力ない表情の姉さんを残して病室を後にした。
病室からでると、辺りに人がいないことを確認して抑えた声で話しかけてきた。
「本当ならもっとちゃんとした席を用意して君と話したかったんだけどね」
と小さく笑いながら話しかけてくる。
「君の姉さんに何が起きたのか、ぼくから分かることは伝えておこうと思う」
どこまでも静かに彼は話始める。
その表情は深刻そうだ。
明日もがんばります。




