4月12日-1
間に合いました。
目が覚めると見慣れた天井――自分の部屋にいた。
「大分寝てたか……」
体を起こして確かめてみるが、体に疲れはないが頭の奥になんとなく鈍く重い感覚がする。
しかし体調不良とまではいかないのでおとなしく今へと向かう。
と、青木さんがすでにいてこちらに挨拶をしてきた。
「やあやあおはよう山上君」
「えと、はい、おはようございます」
ごく自然にあいさつされたので呆けたような挨拶を返してしまう。
「ええっと、なぜこちらに?」
「ああ、それはね――」
そこで幸次さんが割り込んできた。
両手に一個ずつ湯気の出ているカップをもっている。
香ばしい匂いからするとコーヒーだろう。
「おれから説明しよう」
「まぁ、それが筋ですよねー」
と軽い調子で青木さんは答えて、幸次さんからカップを受け取り飲み始めた。
そして幸次さんは青木さんから少し離れた場所の席を示したのでそこに座る。
向かいに幸次さんが座って真剣な面持ちで話し始める。
幸次さんと俺の間に一つの封筒が置かれている。
厚みとしてはそれなりだ。
「協力への対価を払いたいそうだ」
と言って置かれている封筒を指でたたいている。
中身が現金なら結構な額だろう。
「え!? それに何か問題があるんですか?」
「まぁ、聞け」
じっとこちらの目を覗くように見据えてきた。
前まではついそらしてしまったが、いまはしっかりと見返すことができる。
「金を――報酬をもらうということは仕事への責任が発生する」
「ぁ」
「すべてお前に任せる」
そこで気づく。
いままではあくまで個人的な理由で動いてきた。
苦い思いも味わったし、なかなか濃密だったと思う。
得られた協力も向こうからの善意などが多く含まれていた。
しかし、ここで報酬を受け取るなら仕事として受けるという選択肢が発生するということだ。
そこまで考えたらあとは言葉が自然に出た。
「青木さん、心遣いはありがたいですが、受け取れません」
こちらに聞き耳を立てていたと思われる青木さんは何でもない事のように聞き返してくる。
「ほう? 僕は正当な報酬は払いたい主義なんですが、理由は聞いてもいいかい?」
「いま俺が持っている力は借り物です、借り物の力で報酬を手に入れるのは違うでしょ?」
小さいがはっきりと笑い声が聞こえた。
飄々として感情があまりわからない人だが、この笑い声はどことなくうれしそうだ。
「うんうん、青いねぇ、くれるっていう物はもらっといても損はないよ?」
「実際青いですから、先日会ったばかりですがよろしくお願いします」
すると青木さんは立ち上がり懐に封筒を収めて、手を差し出してくる。
「よろしくね、まぁ、それほど長い付き合いにはならないだろうけどね」
気安い調子で言われたことに少し戸惑うが握手を返した。
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あの後すぐに青木さんはかえって、幸次さんと朝食をとっている。
しばらくすると幸次さんが話しかけてきた。
「ああ、そうだ今日は学校休みらしいな」
「なぜですか?」
「昨日大騒動が起きてただろう? 学校のパソコンの中身を確認してかららしい」
こちらとしては何もいじってないはずだが、学校側としては一応確認をとる必要があるという話だった。
そのなかで気になるのは橘の事だ。
結局あのあと探せなかったので今日こそは探して話をしたい。
「で朝食を食べたら少し出かけます」
「おう、昨日と違ってちゃんと一言言って出かけるのは殊勝だな」
「……すいません」
幸次さんはそれを苦笑しながら否定する。
「冗談だよ、ちゃんと明日は学校に行けよ」
「はい、わかってます」
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学校はないが何となく制服で出歩くことにした。
陽気も強くなってきて、すっかり春らしい気候だ。
橘のアドレスに連絡してもつながらなかったので足で探そうかと考えていると
「あ、山上さん」
という淡雪の声が聞こえた。
制服を着ているために登校中のように見える。
「なんでこんな街中に?」
「情報収集ですね、安逹さんの行方がまだわかってないですし」
「確かにそうだな、事故や事件に巻き込まれた形跡はあるか?」
ゆっくりと首を横に振る。
「ありません、どこかの監視カメラにちらりと写ってもないですし、どこかにかくまわれているのかもしれません」
「かくまうね……」
身寄りがない人間が身を寄せることができる場所なんてそう多くはないと思う。
しかし、その前に検討する必要があることがある。
「まず思うのが、かくまわれているんじゃなくて隠れていることだと思うけど、その可能性は?」
「ないですね、監視カメラが設置されていない場所はそれなりにありますが、食料などが手に入れることができません」
たとえ、と言葉を続ける。
「ほぼ着の身着のままでサバイバル知識を有してない人間が何日も生きているのは少し奇妙です」
「生きるだけなら我慢できないこともないんじゃないか?」
「そうだとしたらとてつもない我慢強さです、公園に水を飲みに出ることすらしていないのですから」
たしかに蛇口があるならそちらを使って飲み水を確保すると思う。
街をでた可能性もあるにはあるかもしれないが――
「森や山を目指すのはほぼあり得ないよな」
「ですね、ふぅ、昨日の『恐怖の大王』でいろんなデータが破壊されたのが痛いですね」
「……もしかしてこの街だけ?」
うなずかれた。
「狙われていた……」
「となるとある考えが浮かびます、つまり彼女はノスタルジストに関係している」
「命を狙っているならこんなに回りくどいことはしないだろうから、確保したいのかもな」
焦りが生まれる。
と、そこで淡雪が俺の手をつかんでじっと目を見つめてきた。
「焦るのはわかりますが、いまは落ち着きましょう」
「……まだ確保されていないというなら、かくまっている人間がいるはず」
身寄りがない人間なのだからもう知り合いくらいしかないだろう。
となると思い浮かぶのが一人いる。
「橘を探そう」
「山上さんのクラスメイトでしたっけ?」
「安逹のクラスメイトでもある」
親戚がこの街に来ていないのだからもはや隣家かクラスメイトが近しい人間になる。
そしてちょうど橘は様子がおかしかった。
「なるほど、早速探しましょう」
「頼む」
明日も頑張ります。




