ⅩⅩⅧ-1
間に合いました。
「暇だ」
病室のベッドで時間を持て余す。
体の調子はぐっすり寝た朝のように壮快だ。
でも検査のために入院していなければならず手持無沙汰だ。
病院の中は空調が利いているとはいえペライ患者衣では少し肌寒さを感じる。
しばらくそうしていると扉がノックされる。
「お邪魔するよ、橘君」
と妙に印象が薄っぺらい人が返事も待たず入ってきた。
「ええと――」
相手の言葉を思い出すために少し考えていると。
「青木だよ、橘君、改めてよろしく」
と言いながら手を差し出してきた。
その手を取って握手をする。
「さーて、体の調子はどうかな?」
と笑みを浮かべて話しかけてくる。
浮かべられた笑み自体は親しみやすいと言えるものだ。
口調も気安いので疑うことなく話す。
「ばっちりだ――です」
敬語にとっさに言いなおす。
「言いにくいならもっと砕けて話してもいいよ、僕はただの下っ端だしねぇ」
とため息をついてぼやき始める。
「橘君の調子が良くなったらすぐに行けってせっつかれてさ、僕もそれなりに忙しいんだよ」
その様子に思わず苦笑が生まれる。
「まぁ、その様子なら本当に大丈夫そうだね、よかったよかった」
と懐から出した何かにメモをし始める。
ひとしきり何か書いた後で顔を上げておれの方を見て――
「で、橘君事件に巻き込まれてたじゃん? その時の事って話せる?」
丸椅子に座りこちらに乗り出すような姿勢で話かけてくる。
「ん? ええと――」
思い出すのはあまりに雑多な記憶だ。
だから聞き返す。
「どこから話せばいい?」
相手は少し唸り。
「ここに来る一番最近の記憶はなに?」
あ、あと録音もさせて。
と言ってきたので了承する。
そうしながら思い出すのは雪に寝転んでいたあの時だ。
「目が覚めたら雪の上に寝ていて、すごくきれいな子が額にこう手を当てていて」
自分の額に手を当ててその時を再現しながら話す。
一瞬まぼろしかと思うほどきれいな子だった。
「で、もう大丈夫ですねって言って、そしたら――」
雪が降り積もる幻想的な空の下、いまだに本当にあったことなのか現実感がない。
「そうしたら、危ないって言って、おれをこう突き飛ばしたんだ」
何が起きていたのか。
何故危ないのか。
なにもわからないままただされるがままで――
「そうしたら衝撃とまぶしい光を感じてしばらくしたら」
ことが終わった後の光景ははっきりと覚えている。
「女の子がいたはずの場所に、大きな穴と真っ赤な剣が刺さっていた」
女の子が剣に変わってしまったとしか思えない状況だが、ある確信がある。
その剣は女の子のものではないという事だ。
「何が起きたかはわからないけど、多分死んじゃってると思う」
「ふぅん」
とうなづいて。
懐から一枚の写真を取り出す。
そこには青みがかった髪が特徴的な――
「この子だ!! この子がおれが目覚めたときにそばにいた子だ」
「そっか、ありがと」
といって元に戻した。
「この子って一体……」
「ああ、結構長い話になるからさ、あとちゃんと話すけどまずその前の記憶について話してくれないかなぁ、記憶って結構早く蒸発しちゃうから」
口調こそ変わっていないが有無を言わさず言葉をねじ込んでくる勢いがある。
釈然としないながらうなずいて話始めた。
と言っても時系列も中身も支離滅裂だが。
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「なるほどねぇ」
おれが話している間は相手は相槌くらいしかしてこず、一気に話すことができた。
ボイスレコーダーを止めて、頷きながら話しかけてくる。
「それより前はあやふやで、とにかく何かにいら立っているような状況だったと」
「ああ」
頷く。
だからというわけではない逆に聞き返す。
「で、その写真の子なんだけど――」
といったあたりで荒々しく病室の扉が開かれる。
そこにいたのは厳つい容貌の中年だ。
警察手帳をしめしながら――
「橘諸井だな」
いきなりフルネームで言われて驚く。
青木と名乗った人物は険しい表情をしている。
あまり関係がよくないらしい。
「お前に殺人、傷害その他もろもろの容疑がかかっている、署まで来てもらうぞ」
「ストップ針山警部、橘君は病み上がりだよ、署までつれていくなんて普通じゃない」
強めの口調で反論する。
それを針山警部と呼ばれた人物は一枚の紙を示す。
それは――
「もう身体的には健康体って医者のお墨付きが出てるんでな、重大事件の容疑者を連行させてもらう」
「く」
小さく言葉を漏らして引き下がる。
分厚い手でおれのかたをたたきながら――
「さて、署でたっぷり話を聞かせてもらうぞ」
と腹におもくのしかかる声で話しかけられた。
明日も頑張ります。




