卯月廿六日-4
間に合いました。
「成田への飛行機の管制ご苦労だったわね」
入ってきた連絡を受けて、淡雪ちゃんにそう返す。
その前に警察などから連絡をもらっていたので大体の事は聞いていたが改めて報告を受けたのでねぎらう。
淡雪ちゃんの声は落ち込んでおり、またリーパー達ノスタルジストを逃してしまったことを気にしているようだ。
――いや、以前より落ち込んでいるように感じる。
その理由はおそらく民間人も巻き込んでしまいノスタルジストによって改造されてしまったことだろう。
そして空港で起きていた化け物たちの虐殺も関係していると思う。
そのことにすこしだけ救いを感じる。
こういう仕事をしていると被害の軽重を考えて行動するようになり、人命という物を数で見ることが常態化してくる。
災害派遣での報告書を見ても死者がこれだけで済んでよかった。
と思うこともよくある。
死者の数と同じだけ人生がついえたというのは頭では理解できているが、一つ一つに気を重くしていては身がもたない。
特に戦争となったら部下の命と能力を天秤に乗せて、より損害が低い方を選ぶために死ねと言う必要すらあるよう教育される。
命が大切だという言葉がだんだんと事務的に判断してしまうようになるということが正しいだろう。
そんな私から見たら命の損失に向き合おうとしている姿はまぶしく見える。
ある程度の付き合いの中でこういう時は別の事で気を紛らわせるようにした方が良いとわかっているので質問をする。
「ところでアシストフレームからのフィードバックはどうなってるかしら?」
「あ、そうですね」
声はまだ落ち込んでいるようで、元気がないがそれでもお願いしたことにはすぐ反応するので大丈夫だと判断する。
一呼吸分の時間をおいてまとめられたデータが送られてくる。
それを情報端末で確認しながら話を振る。
「聞きにくいことを聞くけどいいかしら?」
「何ですか?」
通信向こうからすこし身構えるように固い声が返ってくる。
わざわざ断りを入れたことからよほどのことだと思ったのだろう。
「……改造された人についてです」
「――」
向こうから息をつめた声が聞こえる。
ナイーブになっているのはわかるが、私の頭の血も涙もない部分ができるだけ早く確認するように判断した。
もしこれが自由に行えるなら様々な認識を改める必要があるからだ。
「ああいう改造はどれくらいの準備が必要なのか、そして条件はなにか、そもそもなんであんな形状なのか、分かる限り教えてほしいわ」
急かすことなく返事を待つ。
すると覚悟を決めたのかゆっくりと話始める。
「あくまで私の見立てでしかないですが」
「よろしく」
最初こそ口が重かったが話始めると段々と滑らかになる。
「まずあのような存在はおそらくもう作れません」
「どうして? と聞いてもいいかしら?」
ええ。
と前置きをして答えた。
「あんな形状に改造したこととも関係しているのですが、パーツからわかる通りあの存在は義腕や義足を組み合わせたものです」
「出来は悪いけど近代芸術と聞いても納得しそうな形だったわね」
映像を見ながらしみじみと話す。
近代芸術じゃないなら、ホラーのモンスターみたいな形状だ。
「おそらく使用された義腕や義足は橘さんのスペアですね」
「ええと確か報告では橘君はノスタルジストに捕まって洗脳も含む改造を受けたという事ね」
情報端末に一枚の画像が送られてくる。
それは人のシルエットを映したもので、鎧らしきもの――橘君が着ている強化外骨格をシンプルに形作ったものだ。
そのシルエットは直立している所から四足歩行に移る際に体の各部を捻じ曲げるような形状になる。
「このように無理が生じるのでおそらく腕と足は専用のモノに交換されていると思います」
「……そしてそのスペアをまとめて作られたってことかしら?」
「ええ、外見からわかっている寸法からするとすべて同じ体格の人間向けの義腕と義足です」
顎に手を当ててじっと考える。
変形するから交換してしまえというのは乱暴な話だが納得できないこともない。
だけど腑に落ちない点があるのは――
「なぜそんなことをしたのかね」
「戦力が欲しかったからではないでしょうか?」
目的としては確かにそういう事だとおもう。
でも――
「方法が少し遠回りすぎるのよね、腕と足を組み合わせて人間の形にしたという事よね?」
「ええ、そういうことです」
一呼吸だけ考えてまとめて考えが間違っていないことを確認して口を開く。
「なんで直接人体一揃いにしなかったのかという事よ」
「……原因はブラックスミスですね」
眉を引き上げて反応する。
ブラックスミスは装備の製造もおこなっていた。
という事は――
「新造できなかったからその苦肉の策というわけね」
「ええ、時間をかけてパズルをくみ上げるようにあらかじめくみ上げていったのだと思います」
となるとやはりかなり追い詰めている可能性が高い。
なりふり構わず戦力補充に走ったという事なので少しは前進しているという手ごたえを得た。
「ところでこれ以上の戦力の拡充は可能性はあるかしら?」
「ないと思います、多少数を増やしても焼け石に水なので出来るだけ性能が安定させようとするはずです、そうすると一つだけを作ったとする方があり得ると思います」
確かにそうだ。
このままいけば何百人もの人間がアシストフレームを装着して襲撃しに行くので、十や二十増えたところで障害にならないだろう。
ならば確かに高性能なものを作ってある程度までなら相手ができるような物を作った方が良い。
そこまで考えてあることに気付いた。
「……」
私が押し黙っていることに気付いた淡雪ちゃんが心配そうに声をかけてきた。
だから気にすることないわ。
と伝えて話を進める。
「もしかしたら敵は二つだけじゃないかもしれないわね」
「えぇと、どういうことですか?」
そう言われるのはわかっていたので話始める。
「一言で言うと戦力の投入の仕方がおかしいの、今回の一連の事件でようやく気付いたわ」
「? 戦力が足りなくなったので手に入れに来たんですよね」
その言葉には首を縦に振って肯定する。
「空港をあっという間に制圧した戦力を使い捨てにして、たった一つの戦力を手に入れるというのはどこかおかしいわよ」
「……いう事を聞かないからじゃないでしょうか?」
その言葉には一つだけ頷くが、戦力の無駄遣いでしかないという根本は揺るがない。
「あくまでも想像でしかないのだけど、空港を襲撃した集団の規模を小さくすれば浮いたリソースで何かできたはずよね」
「……できますね、そう考えれば確かに手間をかけて形を成形するのはちょっと理にかないませんね」
その言葉を聞いてある一つの仮説を話す。
「平成の化け物とノスタルジスト、それ以外にもう一つの集団が日本を襲っている」
静かな声はしかし確かに部屋の中に広がった。
明日も頑張ります。




