西暦2019年4月26日-5
間に合いました。
全速力で戻り赤い頭のナニカがまばらになったロビーの物陰に隠れる。
悲鳴が聞こえる。
人の声だが断続的に続くそれは壊れたスピーカーから流れるように現実味がない。
そのことに背筋に冷たい汗がにじむ。
しかし、胸に抱きしめたホワイトちゃんの重さが勇気を奮い立たせる。
ホワイトちゃんも現実逃避でもするように一心不乱に手元のパズルをいじっている。
目立たないように少しだけ物陰から顔を出す。
「ぅ」
思わず小さくうめくような声が出てしまった。
それは袋叩きにしている風景だ。
円陣を組みサッカーの練習でもするように中に転がっているものを蹴って向こうに送っている。
学校のグラウンドでよく見る光景だろう――
――蹴られているものがボロボロになった人じゃなければ。
「katehaksgawjereq!!」
拡声器を通したようなどこかひび割れた声で笑いながら子供のように無邪気に遊ぶ。
一瞬何かできないか迷う。
が円陣を組んでいる存在は蹴って転がされていくうめき声をあげる人に注目しているので気づかれず進むことができそうだ。
事故嫌悪感にさいなまれながら身をかがめて目立たないように進む。
一瞬その人がこっちを見た気がする。
が、それを罪悪感からの思い込みだと言い聞かせて先に進む。
火炎瓶を投げつけてとにかく放火まがいのことをするナニカ。
正座させた人間を死なない程度に棒で殴って何かを復唱させているナニカ。
実は異様に視界が狭いのか、熱中しやすい性質なのか、ほとんど気づかれず出てきた連絡通路とは逆側の通路の入り口までこれた。
ゆっくりと通路の奥を見ると赤い頭のナニカはいないように見える。
ずっと奥に向かったのか、ロビーに集まったのかどちらなのかはわからない。
しかし、今いないというのは僥倖だ。
「ふー」
ゆっくり息を整える。
ここから先は一直線だ。
見つかれば追いかけられて見てきた犠牲者と同じ結果になるだろう。
犠牲者を見捨ててしまった。
その後悔がのしかかる。
守るようお願いされたのだから仕方がない。
そう言い訳をするように何度も胸の内で反芻する。
と、金属がこすれはまり込んだ音がする。
見るとホワイトちゃんがいじっていたパズルが完成している。
球体ではなく、腕輪のような形状になっている。
それを私の方に差し出してくる。
「くれるのですか?」
その言葉にこくん。
とうなずいた。
お客様から物をもらうわけにはいかないので――
「ではしばらく預かります」
そう言って、できる限りの笑顔を作って受け取って腕に嵌める。
そうすると少し胸の奥に温かなものが灯るのに気づく。
「少し我慢してくださいね」
アズール様も言った通り横抱きだと走りづらい。
だからおんぶをして――
「よし!!」
タイミングを見計らい足音を立てないようにできる限り足を速めて走る。
大きな騒ぎが起きていないので内心ほっとした――
「avhagtaraksananrigsddudjksauuderaa!!」
瞬間に見つかった。
場所は後ロビー側だ。
見つかったのなら仕方がないので全力で走る。
重心が少しずれているので思ったように走れない――
「ぅ――」
重心がもとに戻れば逃げ切れるのでは?
が、すぐに腕に力を込めてより強くホワイトちゃんを保持する。
それをしたら大切な何かを捨ててしまう気がしたからだ。
「aASaGAaraaareariROIiiI!!」
声の大きさからするとあと少しで捕まる――
「しゃがんで!!」
鋭い声が聞こえて思わず言われた通りしゃがむ。
すると――
「GAaaalakaaoeukdawnw!!」
重い何かで殴るような音がして背後の気配が前方に飛ばされた。
疑問に思って顔を上げると――
「ふぅ、間に合ったわね」
と死んだと思っていた人――アズール様だ。
色々傷が入ったスーツに赤い大型のバイクにまたがっている。
後から追ってきていたナニカの叫びでエンジン音がかき消されていたらしい。
「え?」
「疑問は後、逃げるわよ」
といって私を後部座席、ホワイトちゃんを前に座らせる。
「しっかり腰に捕まって、抱き着くみたいに」
言われるがまま、たおやかな腰に抱き着いた。
アクセルがふかされると、獣の唸り声のような重低音と力がこもるような振動が伝わる。
「舌を噛まないように気を付けてね」
とどこかずれたことを告げながら、私たちを乗せた大型バイクは飛ぶように加速した。
明日も頑張ります。




