4月11日-1
何とか間に合いました。
艦に戻ると自衛官の方が待っていてくれた。
線を引いたかのように美しい敬礼に迎えられると少し気恥ずかしい。
「帰りを待っていました、元気そうで――」
とここで淡雪の腹の虫が空腹だと抗議する。
そのことに淡雪は顔を真っ赤にしている。
「本当に元気そうで何よりです」
苦笑を強く浮かべた自衛官の方の案内で中に向かう。
その途中で強化外骨格を納めると、体中からきしむような痛みが走る。
「なに、これ? 今までなかったが」
「応急の修復はとりあえずつなぐ類なので、完全にくっつくまでは痛むんです、すいません」
「……ということは?」
「完治が伸びました」
「まぁ、しかたないか」
長くかかわれることに少しだけ喜びが生まれる。
などと話している間に食堂についた。
「あらかじめとてもおなかが空いているという報告を受けましたので、給養員が張り切りまして」
食堂には嗅ぎなれたにおいがする。
それは――
「本来は今日出すものじゃないですが、間違いなく自慢できる料理と言ったら――カレーです」
と言って出されたのは――
「見た目は普通ですね」
「ああ、普通にうまそう」
テンションが上がりきっていないように感じるが、鼻をくすぐるスパイスの匂いはまさに暴力だ。
胃がフル稼働を待つように熱を持つのがわかる。
カレーの具材である大きめにカットされた肉は見るからに上質だ。
そして一回り小さい人参とジャガイモは煮崩れが起きておらず断面は整っている。
付け合わせのサラダこそあるが圧倒的な存在感を放っているのはカレーだ。
二人で手を合わせてからまず一すくい。
「ポークカレーだ」
飾り気なしのポークカレー。
しかし味わい深さが家で作る物とは段違いだ。
カレールーは鋭い辛みを感じるが、後を引かず潮が引くように収まり、次々に口へ運ぶ欲が出てくる。
そして辛さに慣れたころ、辛いだけではなく食材の甘味とでもいうような柔らかな風味が効いているのがわかる。
その複雑な風味によくマッチしている大きめの豚肉は驚くほど柔らかい、しかし赤身が多目の肉のためかしっかり噛んで味わえる肉だ。
野菜も中までしっかり味がしみ込んでいる、しかしその野菜本来の味もまた強く感じられる。
そこでこのカレーに飾り気がないのは、味に絶対の自信があるからこそだと気が付いた。
しっかりと味わい、一皿完食してようやく感想を漏らすことができた。
「……おいしい」
案内役の方が自慢げな笑みを浮かべている。
「でしょう? どの艦でもそうですが、一流レストランに出しても遜色がないカレーが自慢です」
そして冗談めかしてこう続けた。
「カレーの出来で士気が変わるので、カレー作りが上手いシェフを確保できるのが有能な艦長と言われるくらい我々はカレーに力を入れています」
が、その目はかなり真剣でどこまで冗談なのか推し量ることはできない。
と、そこでなかなか聞いたことがないほどうれしそうな声で淡雪が話し始める。
「これは確かにおいしいですね、で、その――おかわりは……」
多少は恥ずかしいからなのか声はしりすぼみだ。
その様子に自衛官の方は、
「ええ、構いませんよ、ただあまり食べすぎると我々の分がなくなるので多少は控えめに」
「あぅ、その――はい」
その様子に苦笑を浮かべて、
「冗談ですよ、体が資本の我々です、この程度では影響は出ませんよ」
と言っておかわりももらいに行ってくれたようだ。
「う、やはり多少抑えた方が良いでしょうか?」
「うーん、ここはさっきの言葉に甘えてもいいんじゃ?」
「そうですね……食べながら考えます」
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淡雪もさすがに三杯目でやめて、腹ごなしのために少し休んだ後、陸に戻るために表に出る。
「ありがとございました、おいしかったです」
「二度もおかわりをしてしまってすいません」
二人で頭を下げると、その場の全員が敬礼で返してくれた。
強化外骨格を装着し、淡雪を抱き上げる。
一旦浮かびある程度高度を上げて、加速し報告のために元来た警察署に向かう。
その途中で一つの通信が入る。
掛けてきた相手は針山さんだ。
「針山さん、ようやく終わりまし――」
「山上と淡雪か!? 今連絡があったんだが落ち着いて聞けよ――」
針山さんは一つ呼吸をして話始める。
「二人の知り合いに安逹っているだろ?」
正確には俺の知り合い、というか同級生だがそこは大きな問題ではないと思うので訂正はしないでおく。
すると――
「安逹が隔離病棟から逃げた、というか連れ出されたらしい」
「連れ出した相手はどなたなんですか?」
淡雪が通信に当たり前のように割り込んだ。
少し妙な感覚だが、話が早くなるので黙っておく。
「岩田ってあの男だ、あの部屋に元から盗聴器やら仕掛けてたらしくて、安逹が『嗤い面』だったか? まぁそいつを作ったと思ったらしい、現代の技術では作れないAIを作ったってな」
「たしかに彼女が関係あるでしょうが、作ったかというと、うーん?」
たしかにそうだ。
これから直接会いに行ってから考えるつもりだったので少し先走りすぎている気がする。
「でもその状況でしたら、逃げたにはならないですよね?」
「ああ、連れ出した岩田だが、連れて行った警官二人も含めて死んでいた」
「え!?」
その言葉にはさすがに驚いた。
だから思わず聞き返す。
「どうやって? だって安逹はただの同級生なのに――」
「落ち着け、殺されたじゃな――ああ、クソ!! 説明が難しいんだが、毒殺されたしかも自分の手で毒が混入された料理を食べている」
そこで少しだけ時間を取り。
「順番に説明する、説明するこっちが気が狂いそうな内容だが落ち着いて聞いてくれ」
俺と淡雪はうなずく。
「まず三人の死因は急性ヒ――まぁ、とにかく毒殺だ、しかし三人とも死に方がとにかく異常だ」
一人目、と静かな言葉で話し始めた。
「死んでいた現場からそれほど離れてねー場所に乗り捨てらていたパトカーの指紋から考えて、ドライバーの方だが、こいつは脳天に二発銃弾が当たっていたがこれが死因じゃない」
最初からかなりおかしな状況だ。
普通ならそれが死因じゃないとおかしいがそうではない。
背筋が凍り始める。
そんな状況が起こせる存在はあいつら――ノスタルジストの化け物たちだけだ。
「そして、体中の筋肉がズタズタにちぎられて、骨も砕けているのがわかった、原因は力んで自分の力で破壊したらしい」
まだ車にはねられたって方が納得できる状況だよ。
と針山さんは締めくくり、
二人目へと続ける。
「こっちはまだまともだ、拳銃の銃把を変形させるくらい強く握っていたくらいだが、中に一発も弾が残ってなかった、あとドライバーの方も一発ってるな」
「それは、街中で銃が乱射されたってことじゃ……」
よほど当たり所がよくないと銃弾は人の命を奪う凶器だ。
最悪の考えが頭の中に浮かぶ。
「一応その弾丸は全部発見された」
「そのということは他にもあるってことですか」
「相変わらず嬢ちゃんは察しが良いな、十何発の弾丸がある、警官たちの体からな、撃ったのは岩田なのは確定しているが――捨てられていた拳銃から安逹って嬢ちゃんの指紋も見つかった」
一瞬その言葉が飲み込めなかった。
そのため聞き返す。
「つまり、安逹も撃ったと?」
沈んだ声で非常に言いづらそうに答えてくれた。
「そうだ、疑いが晴れない限りは、な」
「なるほど」
安逹の精神はかなり不安定だった。
元々そこまで親しくなかったこともあって、ありえないと断言できない。
沈黙していると、針山さんが励ましてくれる。
「硝煙反応はなかなか消えねーから、撃ってないならすぐ疑いは晴れる」
「早くおいかけないと……」
「あ、と、最後の三人目の岩田だが、こっちもおかしな状況が多すぎる」
かなり自身でも疑っているような口調で針山さんは続ける。
「死因は毒を取ったこと、これは変わらないんだが、まず両足に二人が撃った弾丸が一発ずつ撃たれている」
「? つまりいきなりどっちかが暴れ始めたってことですか?」
「まぁ、二人がいきなり錯乱したって考えた方が納得できるな、フロントガラスとドアガラスに一発、後部座席に一発、両足に一発ずつ、岩田の耳を撃ちぬくのに一発、日本の警官はこんなに盛大に銃は撃たん」
断言したのでそれを信じることにする。
「それだけならそこまでおかしくない気が――」
「まぁまて、まず岩田は飯屋で飯を食うように行儀よく着席してた、そしてそこで毒が入った料理を食べた――|両足を撃ちぬかれた状態でな《・・・・・・・・・・・・・》」
脳裏に浮かぶのは足を真っ赤にした壮絶な状態で食事をし続ける光景だ。
何をどうすればそんなことを行うのだろうか?
頭がおかしくなったと思えてしまう。
「そして、岩田は食事を吐こうとしてたんだ、手の甲に過食症患者のような特徴的な傷がついていたが――突っ込んだ自分の手の指をかみちぎって、顎が変形するくらい強く自分の手でしめていた」
「ぅぇ」
吐こうとしたのに、過剰すぎる拒否に本格的に気分が悪くなる。
壮絶や凄惨をこえている。
「ともかく詳しい話は現地――坊主と嬢ちゃんの地元についてからってなると思う、なんか変装でもして警察協力者っぽい恰好をしてくれるなら直で話を聞けるくらいには手配をしてやるぞ」
淡雪が即答する。
「お願いします、これは間違いなく私たちがかかわらないといけないことです」
「わかった、何とかする」
そこで針山さんはいったん言葉を切り、こちらを心配するような口調で話しかけてくる。
「その、だな、あんまり気にするんじゃないぞ、岩田はいらん事たくらんだ自業自得だし、警官二人は気の毒だが、なんというか、事故だ」
「ありがとうございます、これから急いで向かいますね」
気にするな。
というのはとてもやさしい言葉だ、でもそれで納得するわけにはいかないという気持ちが強い。
責任の一端を担っていたのは確かなのだから。
と、淡雪が首に回してくれている腕を強く引き寄せて、身を寄せてくれる。
言葉はないが、私もそうだ、という意思表示だろう。
だから淡雪から見えないかもしれないが、一つうなずく。
次から次へと問題ばかり起きるが、一つずつ着実に進めるしかない。
少しでも急ぐためにさらに加速した。
明日も頑張ります。
あと、昨日の投稿の「だってカレーですよ!!」は無邪気に狂ってるセリフで結構好きです。