四月十日
かなり盛大に余談みたいな話ですいません。
明日はちゃんと本編進めます。
20190417 脱字を発見したので修正いたしました。
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相変わらず下腹部が何かに突き上げられるようにズグズグする。
しかし、暴れ続けたためベッドに拘束されてしまっていて何もできない。
「なんでこんなことになってるんだろ」
つぶやくが誰にも聞こえることはない。
一日に一度くらいの頻度で何かが出入りする。
が何をするでもなくわたしを覗き込む。
そして去っていく。
「つまらないなぁ」
世界なんて滅べばいいのに。
と思っているとドアが開けられた。
視線を向けるとどこにでもいそうな大人がたっていた。
しかしその目を見て背筋に寒気が走った。
わたしを襲ったあの化け物たちは獣じみた欲の光があったが、この男は虫のような印象を受ける何もない光を持っている。
逃げなきゃ。
とそう思うができるはずがない。
ぬるり。
とでもいうような足取りでこちらを覗き込む。
「君が安逹 佳純だね」
必死に首を振って否定する。
言葉がつかえたように、喉がひくつく。
そこで気づいた。
男が怖いのだ。
それに答えたのは扉で控えていた女性の医師だ。
「はい、彼女が何か?」
「ちょっとした事件の重要参考人でね、身元を預けていただきたい」
険のこもった声で医師が反論する。
「令状はもっておりますよね?」
医師もこの男を怪しいと思っている様子だ。
どうでもいいのに。
という思いが浮かぶが同時に、息がすいにくくなるほどの緊張で体がこわばる。
「ああ、では言い方をかえましょう、転院です、書類はここに」
「え? 彼女に身内なんていない、のですからそう簡単には――」
男性は乾いた、底知れぬ笑いを上げる。
「っはっはっは、だとしても書類が正しいならこれは正しいことです、拒否できない」
「っ!!」
では。
と医師は何事かを切り出そうとして――
「いやぁ、結構です、カルテは後程別の係の者が受け取りに参りますし、荷物と言ってもこれしかない」
といって身の回りに置かれたこまごまとしたものを示した。
「準備などほぼいりませんなぁ」
「――」
あまりにも強引な動きに何かを口に出そうとしているが、言い返すことができない様子だ。
その様子に口の端だけを引き上げる、変に非人間的な笑みを男が浮かべた。
「それでは、また」
そして、連れてきたと思われる男性警官が2人入ってきた。
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喉がひりつく。
息がうまくできず、腹の奥がつったように痛い。
その様子は2人の警官は感じ取っているようで、こちらにできるだけ関わらないようにしてくれている様子だ。
直感的に辛そうだということを感じてくれたのか手錠は掛けられていない。
しかしあの男はベラベラと話し続けている。
「いやぁ、僕も運がいい とんでもない技術や存在を見つけてせっかく国民だってのに制服組から変な突き上げでうまく手が出せない感じでさ」
後部座席に私を座らせて、その隣に座っている。
ことさら声を大きくしていないが、それは私には心の底から震えあがるほど恐ろしい。
「で、そこに君だ、どんな事件かはわからないけど妙な現象を起こしたらしいね、広範囲の電子テロを起こした存在を作った、それも今の技術では到底作ることができない代物をだ」
全く違うがヘビが獲物を前に舌なめずりをしている印象を受ける笑いを浮かべている。
「そして君は暴力事件を起こして隔離病棟に入院させられていて、身寄りもいない、完璧じゃあないか」
何が完璧だというのだろうか。
知らず知らずにグズグズと泣けてくる。
同時に下腹部から激痛が走る。
産まれる。
そう確信できる痛みだ。
その様子に前のドライバーを務めている警察官が止めようとして、隣の男が顎で進むよう指示する。
ああ、もう遅い。
「ところで――岩田さん?」
ドライバーが話しかける。
「? 用事がないなら話しかけるなって言いましたが?」
苛立たしそうに答える岩田と呼ばれた男。
それに反論するように、助手席の警察官も口を開く。
「おなかすきませんか? カレーとか食べたくないですか?」
「全く何を――」
と急ブレーキを踏んで前につんのめり座席におでこを打ってしまう。
「カレーですよカレー!! 空腹で仕方がないんですよ!!」
「カレーが食べたい、カレーが食べたいんですよ!!」
二人は目が充血し、興奮のあまりあたりかまわずバシバシ叩いて非常にうるさい。
「だから!! いそげと――」
岩田はイラついたのかドライバーに怒鳴ろうとして、逆に胸倉をつかみあげられて怒鳴り返される。
「うるさいうるさいうるさい!! カレーが どこかに あるはずなんですよ!!」
「カレーなんでスよ!! カレー!! 岩田さんカレーのすごさ!! だってカレーですよ!!」
「君たち何をしているか――」
と、二人は腰の拳銃を取り出して、胸倉をつかんでいる方が岩田の口に銃口をねじ込んだ。
もう一人はフロントガラスに向かって撃つ。
頭の奥まで響くような鋭い音とともに、フロントガラスが真っ白にひびが入る。
二人とも口からあぶくの様になったヨダレを垂らしながら大声で叫び続ける。
「岩田さん!! あっちにカレーあるんですよ!! 食べましょうよ!! かれー」
「たべれば カレーのすごさ絶対わかりますから!! カレーを 食べましょう!!」
胸倉をつかんでいる方が興奮しすぎたのか鼻血を流し始めた。
そしておびえ切っている岩田の口から銃口を引き抜いて、つかんでいた胸倉を放しドアから外に出る。
腰を抜かしたのかシートに体を沈み込ませる岩田に助手席の方の警官が銃口を向けて。
まず一発撃って、岩田の脇の窓ガラスを割って話し――怒鳴り始める。
「どーしたんですか!! 岩田さん!! カレー 食べるんじゃないんですかぁっ!?」
動く前にもう一発撃った。
それは岩田から五センチも離れていない場所に当たる。
「く、狂ってる」
岩田は口の端をひきつらせて今更過ぎる感想を漏らした。
と、運転手が割れた窓から岩田の胸倉をつかみ、大の大人を片手で吊り上げて引っ張り出して、地面に放り捨てた。
「岩田さん!! カレーすごいでしょ!! おれ、カレーが食えるって思うとこんなにチカラガ溢れてルンでスよ!!」
そう言っている警官は、目からもボタボタと血を漏らしている。
吊り上げている腕は内出血で紫になり始めている。
強くかみしめ過ぎたのか、顎が変形して話しにくそうだ。
そのまま這って逃げようとする岩田の片足を助手席に座っていた警官が撃ちぬいた。
その警官の手は強く握りしめ続けているせいか、爪が割れ血だらけになっている。
それに意に介さずもう片方の足に一発撃ち込んで逃げれなくする。
「そっちはカレー じゃないですよ!! 岩田さん!! あっちですあっち」
と言いながら無造作に片方ずつ足を持って引きずって歩き始める。
「助け!! 助けてくれ!!」
必死に地面に爪を立てるが、バリバリと嫌な音がするだけでどうしようもなさそうだ。
と、ふと思い出したかのように映画でよく見るカクカクした真っ黒い拳銃を取り出して迷わず二人に撃ち込んだ。
「クソ!! これだか、ら――」
と言って落ち着きを取り戻そうとしていた矢先、驚く光景が見える。
「こォんなんジャ!! カレーのすごさに全然 ぜんっぜん届かないですよォ!!」
「そうそう!! 止まれない!!」
体中から血を流しながら朗らかに引きずり続ける。
二・三発は頭に当たっているのにだ。
「ば、化け物!?」
手にした拳銃を岩田はおとした。
何故だか知らないが、危害はくわえられないという確信が湧くので岩田の最期を見るために車外に出ておいかける。
途中で何となく拳銃を拾ってみるが、特に面白くもないので捨てた。
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そこは祭りのような熱気につつまれている。
が、目を引くのはたった一つだ。
顔がよく見えないナニカが一心不乱にかき混ぜているカレー鍋だ。
「っひhっひいっひぃ」
うわごとのように何かをつぶやき続けている。
人型のようだが、細部が全く見て取れないナニカだ。
ソレがかき混ぜているカレー鍋からはとてもいい匂いで食欲をそそるだろう。
しかし、私のお腹はゴロゴロするだけでまったくおいしそうにみえない。
逆に元警官たちは犬のように脇へと向かう。
「カレーダ!! カレーだ!! おいしそう いいにオイだ」
「やっとだ やっとカレーだ!!」
「おい、もうやめてくれ」
かなりの距離引きずられて泥やごみ、傷でボロボロになった岩田が泣いている。
わたしはもっとつらかった。
という言葉が浮かび、すこしだけうれしくなる。
いつの間にかテーブルと椅子が用意されていて、そこに嬉しそうに岩田を座らせる二人。
「イワタさん!! カレーデすよ!! カレー!!」
「うれしいですよね、岩田さん!!」
「誰が――」
乾いた銃撃音と岩田の情けない泣き声が聞こえる。
片耳を撃ちぬかれたらしい。
「クソ!!」
「ははっははははははははははっははははははははは」
二人が何は面白いのか壊れたように笑う。
「カレーの前にクソとかさすがのエリートのギャグですねぇ!!」
「こんなニ笑ったの初めてデスよォ!! 岩田さん!!」
そうしているとカレーを混ぜているナニカがサラサラと何かを混ぜ込んでいる。
それは蟻に禁止マークをつけられたいかにもな毒薬だ。
「待て!! あれを見ろ!! 毒だ!! 毒を混ぜたぞ!!」
「ナにを言ってるンデスかぁ!? 岩田さん!! だからドウしたっていうんですか!?」
「俺たちは見てないからな!! そんなことよりカレーですよ!!」
完全に躁状態に入っている二人はそんなこと全く意に介していない。
「そうそうそすおすおすおすそう」
肯定のような異常な言葉を繰り返しているナニカが三皿のカレーを出してきた。
「いっただーきまーす!!!」
「アアァ、おいしい!! おいしい!!」
子供のような甲高い声で挨拶を行い、かきこむように二人は食べ続ける。
と、顔が変色し始める。
口からゲロゲロと吐くが、それでも食べ続け。
「ゴ――」
最後の挨拶をする前に崩れ落ちた。
ピクリともしていないことから死んだようだ。
「い、いやだ!! た、食べたくない!!」
自由になる腕でひっくり返そうとするが、手を合わせた。
スプーンを手に取って、カレーを一すくいとる。
唐突に理解した。
岩田はカレーを食べなければならないのだ。
おなかの底からおかしさが湧いてくる。
わたしを前にあんな振る舞いをしていたのに、今では虫の息だ。
「くそ!! なんだこれ舌がさすように痛い、まずい」
よく噛んで飲み込んでいる。
顔色はどんどん悪くなっている。
「スパイスに吐きそうだ、ぁクソ!!」
手が器を持ち上げ残りを全部かきこみ飲み込んだ。
大食いの人が、カレーは飲み物、というそうだが本当らしい。
「ぅ、げ――」
飲み込んだ瞬間吐き出すために、岩田は口に手を突っ込むが――
「ぁっ!!」
痛がり引き抜こうとして、ブツリ、という鈍い音がした。
噛み切った。
噛み切られた指の断面から血がボタボタ落ちている。
引き抜いた手は顎を下から抑え込んで、吐き出せないように固定する。
それは気が狂ったようでとても滑稽に映る。
「やめて――」
ゴボ。
とおかしな音を立てて岩田は崩れ落ちた。
死んでしまった。
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胸がすくようなすがすがしさを感じる。
ケラケラという陽気な笑い声が聞こえる。
あたりを見渡してようやく気付く。
わたしが笑っているのだ。
楽しくて笑うのは久しぶりだ。
だからその気持ちのまま駆け出した。
すれ違う誰もが私を気にも留めていない、通学路を弾むように駆け抜ける。
スゥと流れる風が気持ちが良い。
体が軽い、気がするので電柱に飛び乗ろうとして――
「ぁいたぁ」
さすがに無理だった。
だがそのことも楽しくてたまらないので、クスクス笑っていると――
「安逹、か?」
「ん?」
笑ったまま声の方を向くと、クラスメイトの橘君がいる。
なのでヒラヒラと手を振り挨拶する・
「おはよう? こんにちは? まぁいいか、ひっさしぶりぃ、橘君」
呆然とした様子の橘君がとても魅力的に見えたので。
「お近づきの印に――」
「は?」
唇に口づけをする。
ちょっとがさついていたので、忠告する。
「男子でもリップクリームくらい必要だよ」
「は? いや、まて」
混乱の極みに入っている橘君をじっと見つめ。
「感想は?」
「こう、柔らかくてだな」
うん。
ちゃんと感想を言ったいい子にはご褒美で頭をなでる。
「だからそうじゃなくてだな」
そこであることを思い出す。
「ねぇ、橘君」
「今度はなんだ!?」
呆れが入った口調で聞き返してくれた。
やっぱりイイ人だ。
と思いを新たにして。
「今日、橘君の家に泊めて」
「は?」
そこで一拍ためて。
「はぁぁぁぁっ!?」
明日も頑張ります。