4月10日-3
間に合いました。
「あと少し」
『グレイゴースト』からの妨害がなかったことで救助作業自体はとても順調に進み生存していた人の9割は無事救助できました。
ですが山上さんの強化外骨格からは普通であれば致命傷の傷を受けていることが送られてきます。
缶詰にしたゼリーを振ったような状態にほぼ等しい。
缶が強化外骨格で、崩れたゼリーが山上さんの内臓だ。
急いでそれの修復が行われていますが、もう一度直撃したら修復が追い付かず死亡してしまう。
祈るような気持ちでただ待つしかできない。
と、周りにいた海上自衛隊の方が声を掛けてきました。
「こちらへの援助はもう結構です」
「でも、あと少しで――」
するとその方は、ゆっくり諭すように。
「今すぐ助けに行きたい、とそう顔に書いてありますので」
言葉に詰まった。
そこで思い出すのは、感情が表情に出ないように機能制限を掛けていなかったことだ。
これではまるでせかしていたようで赤面してしまう。
「協力感謝いたします」
ととても整った敬礼を向けた。
ふと周りを見ると、視界に写る皆さんも私に敬礼を向けている。
だから深々と頭を下げて。
「ありがとうございます」
憂いはなく見送られ、心のせかすままに向かおうとして――
また腹の虫がなった。
なってしまったのだ。
もう腹ペコであると容赦なく告知してきた。
それが聞こえた人は少し呆然としている。
「あぁ、もう、本当に」
穴があったら入りたいとはこんな気持ちでしょうか?
山上さんの体の修復のなどのためにどんどんエネルギーを使っているので、枯渇しそうだったのは確かだし、ここなら食料を分けてもらうこともできる。
そういう合理的な判断を行う体が本当にどうにかしてほしいと思う。
どこまでもしまらないが、背に腹はかえられない。
なので、顔が真っ赤のままだろうという確信があるがせっかく敬礼をしてくれている方に話しかける。
「その……、ご飯いただけませんか?」
若干微妙な空気になるが、遠くで事情を説明したら非常に味わい深い顔で艦内に案内してくれた。
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「くっ!!」
かするような低い軌道のローキックが増えてきた。
学習している。
人間のように同じ動作を繰り返すことでそれぞれの動作の精度とスピードが増しているのだ。
「まずい」
地面を這う俺をジャストで蹴れるようになったら、もう打つ手がなくなる。
『グレイゴースト』は海面に沈み込むことなく立っていることから海面下にもぐることを考えたが、格闘技を隠していたように隠している可能性がある。
もしそうだったら海の中は逃げ場がなく狙い撃ちされるだろう。
「ぅ……」
嫌な予感がしてロールをうった。
ビルのように巨大なつま先が一瞬前まで俺がいた場所を薙ぎ払った。
いよいよ終わるか。
と腹をくくると――
「――がみさーん」
聞きなれた柔らかい声が聞こえた。
そちらに視線を向けると、思った通りの者――淡雪が飛んできていた。
それに『グレイゴースト』が気づき、
「Glalalal!!」
瞬きの間に距離を詰めて踏み付けに移行する。
淡雪は、かすかだが口の端に笑みを浮かべ――
「淡雪ぃーーっ!!」
踏みつけられた。
「Siiiiiii!!」
満足げに『グレイゴースト』が笑っている。
その足の下には残骸すら残っていない。
が、生きているのを感じる。
直感で気づく。
海の下だ。
だから迷わず海に飛び込んだ。
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海の中はかすかな光さえなく、ずぅっと奥まで続く穴を落ちていく気がする。
耳には自身の呼吸音くらいしか届かない。
いつの間にかすでに日も沈んでいたようだ。
静寂に満ちた暗闇のなか、確かに進むべき方向を感じる。
すると――
見えた。
ゆらゆらと海流に踊る花のような存在だ。
微かだが青く光るその髪と、白い肌は一瞬見惚れるほど鮮烈な印象を受ける。
がすぐに気を取り直して、淡雪をそっと抱きしめる。
と、淡雪が顔を寄せてくる。
光もろくに届かない海の中でもその桜貝のような唇に思わず目を惹かれてしまう。
「ちょっとま――」
そして額を俺の額に当ててきた。
俺が少し慌てたのを感じ取ったのか、かすかに首を傾げ。
「どうしました?」
スペースオペラのSFもので良く行われる骨伝導式の会話方法だった。
そのことに少しだが落胆を感じて。
「なんでもない、変な早とちりしたなって」
「はぁ」
淡雪はどこか釈然としていない様子だ。
と、淡雪はそのまま続ける。
「私の鼓動に集中してください、目を伏せて、よく聞いて」
頭上からは『グレイゴースト』の雄たけびが聞こえて、足元――俺たちに向けて拳を握ったのが見える。
だが言われた通り、今は無視して淡雪の胸の奥、規則正しく鼓動を刻んでいる心臓に集中する。
と、目を伏せているのに周りが見え始めた。
それもスローモーションのようにあらゆるものがゆっくりとしている。
「もっと、もっとです、私の鼓動に耳を傾けて」
ひとつ、ふたつ、とゆっくりと数を数えている。
ゆっくりとなった世界にかすかに疑問に思うが、その疑問はあたまの片隅に追いやり。
俺も数を数える。
リラックスさせるようなそのリズムは段々と余計な思考をそぎ落とし始める気がしてくる。
ここまでです ここまできてください
言われるままにそちらに寄せる。
海の中、金属の装甲越しだというのに確かな温かさを感じる。
視界には極彩色の世界が広がっている。
直感的にこれがこの強化外骨格の本来のセンサー類なのだと理解する。
これを見ても俺の脳は処理できないからせいげんがかけられていたのだ。
いま、山上さんの意識と私の頭脳を同調させています
ああ。
と素直に納得できる。
この世界が淡雪が見ていた世界なのだ。
すべてがゆっくりで、極彩色の世界、ともすれば世界の果てまで――
そこまでですよ、あまり遠くを見てはダメです、情報の洪水に意識が塗りつぶされますよ、ゆっくり私の鼓動を聞いてください
その言葉に引き戻される。
そうだ、遠くの話より今この『グレイゴースト』を何とかしなければならないのだ。
そうそう、目の前の事からコツコツと
海面を破り、衝撃波をまとった拳が突き進んでくるのがわかる。
疑問がいくつかあるが、一番大切のはただ一つだ。
なんですか?
思ったことが全部伝わってるってことでOK?
はい。意識にもならない考えは伝わらないですが。
うかつなことは思えないな。
と考えると、淡雪がクスリとわらったのがわかる。
さて、いきましょう
ああ、いこうか!!
音すら遅く感じる意識の中、『グレイゴースト』に立ち向かうために海から飛び出した。
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さて、まず言っておかなきゃいけないことがあるのですが、わかりますよね?
ああ、『グレイゴースト』の直撃を受けたら二人とも死ぬってことだろ?
と自分でも驚くほど静かな気持で理解できている。
ならいいです。そのことを理解したうえで私に命を預けてくださいますか?
一度助けられたから、拒否する理由はない。
ありがとうございます、では指定されたコースを通ってください。
といきなり視界が暗転する。
その暗闇中光の帯が伸びている。
おそらく、『グレイゴースト』の動きを全部読むために必要最小限の情報処理だけしか振れないのだろう。
だから無音の暗闇に恐れることなく飛び込む。
思考は集中するが、頭の中での会話は続ける
なぁ、淡雪?
なぜかひねりを入れた宙返りが入っているが、気にせずそれをなぞり飛ぶ。
なんですか? 山上さん?
スライドが指示されて、全力で行う。
若干気分が悪くなり始めるが、少し前まで気分どころか命が危なかったことに気付く。
『グレイゴースト』再生しないんだけど? 話では攻撃の意味がないほど回復が早いらしいが。
映像記録では海上自衛隊の艦がいくら攻撃を与えても回復していたので、何か条件があるのでしょうか?
わからない。
でもダメージは与えられていたということで納得するしかないだろう。
急角度で下降しながら、鞘から抜き打ちして一閃。
そのまま身をひるがえして空を飛ぶ。
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どれくらいそうしていただろうか?
もう一日以上そうしていた気もするし、まだ1分も経っていない気もする。
山上さん!!
ん?
淡雪が慌てているような声をかけてくる。
同時に意識が急速登っていく気がする。
視界が元に戻る。
すると全身にひびが入ったような『グレイゴースト』が見える。
が、まだファイティングポーズをとっているのを見るとまだ戦えそうだ。
だが、それとはまったく別に金属がひしゃげるような音が『グレイゴースト』から連続で響く。
直感的に思うのが限界が来たということだ。
淡雪に視線を向けると、ゆっくりと首を横に振る。
俺たちが与えた傷がもとで崩れているわけではないのだ。
「Gu――」
そのままステップインしてきて、アッパーカットを放ってくる。
それをただじっと淡雪は見ている。
「Aaaaaa!!」
その途中で左手から崩れ、腕に広がり肩まで崩壊したらあとは一瞬だった。
建物が倒壊するように崩れ去った。
「勝ち逃げ――というのかなぁ」
「ですね、結局私たちは逃げていただけみたいなものですし」
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ちょうどいま日付をまたいだ。
過程はどうあれ今日をしのげた。
肩にどっと疲れが来る。
淡雪もどことなく疲れている様子で――
といつものアレがなった。
朱がさし淡雪は真っ赤になる。
「帰ろうか、腹も減ったし」
「そ、そうですよね!! ずっと戦いっぱなしだったのでおなかが空いても仕方がないですよね」
取り繕うようにまくしたてる。
その姿に思わず吹き出してしまう。
そうしてまずは拠点にしていたヘリ搭載型護衛艦に向けて飛ぶ。
その時はまだ一つの大仕事が終わった満足感を得ていた。
安逹が警察に拘束されて、岩田と名乗った男性と警察官数名が不審な自殺を行ったという報告を聞くまでは。
明日も頑張ります。