4月9日-2
間に合いました。
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しばらくすると淡雪が帰ってきた。
が、こちらの様子を見て気落ちした。
「逃げられてしまったみたいですね……」
「ああ。やられた」
「というわけで嬢ちゃん、これを見てくれ」
と言いつつ、針山さんが焼け焦げたスマートホンを差し出した。
「奴がいた端末だ」
「わかりました、少し調べてみます」
と言って受け取り目を伏せる。
1分もしないうちに目を開き。
「いくつかの端末を経由してまこうとしていた様子がありますが、あるサイトに逃げ込んだ様子です」
「あるサイトって?」
「世界最大の動画投稿サイトです、量が膨大すぎてすぐには見つけることができません」
裏を返せば、時間をかければ追跡できるというそれなりにとんでもないことを言われて針山さんと顔を見合わせる。
「ですがここで手間取ったら隙を見つけてさらに逃げられます」
「人ごみに紛れ込まれた状態だな……探すにしても何を探せばいいかいからねーし、あそこは膨大だからなぁ」
「それにしても電子情報で一体何をするつもりなのやら」
うなり考え込む、できることは山ほどあるがどれもしっくりとこない。
そこで淡雪がポツリと提案してくる。
「あのクリーチャー、面倒なので『嗤い面』って勝手に名付けますけど、『嗤い面』はほぼまっすぐ動画投稿サイトに向かいました、なのでそこに何か目的がある気がするのですが……」
「動画投稿サイトねぇ」
思わず口に出したのは、
「動画の配信者にでもなるつもりなのか?」
と、淡雪が声をあげた。
「きっとそれですよ!!」
「ん? なんでだ?」
淡雪は指を一本立てる。
「いいですか、電子情報が逃げるだけならわざわざ電話の着信を装うなんて目立つことはしなくてもいいです、まして去り際に馬鹿にするような笑い声をあげるなんて目立ちたがりのはずなんです」
「まぁ、確かにな」
その言葉に納得できる。
あの哄笑はどう考えても俺たちを馬鹿にするために残したものだろう。
「ということは堂々と動画を投稿している可能性があるってことか」
「……足取りを残したのはわざとかもしれないですね」
「いや、それはあり得んぞ」
と確信に満ちた声で針山さんは断言した。
二人で針山さんに目をやると。
「いいか、オレの端末を破壊するという証拠隠滅をおこなって、ほかの端末を使ってまこうとして、動画投稿サイトに逃げ込まれた、そうだな?」
「ええ、そうです」
「それは追い込んだというんだ、オレの勘だが奴は追いかけられることを想定していなかった」
大体だな。
と前置きをして言い切った。
「去り際に嫌がらせをして逃げる犯人は大体ガキみてーにこっちをなめてるんだよ」
「うーん、ちょっと納得しかねるんですけど」
「まぁ、備えるのはわるいことじゃねえからいいがな」
と言って真剣な表情をして、
「このまま話していて結論が出ると思えねーんだわ、逃げるにしてもあのクソガキは絶対なんか証拠を残すと思うんだわ」
「たしかに、わざわざあんなことやって逃げたんだからいくつかの動画を投稿してからようやく逃げると思う」
言葉を一旦きり、
「そして見つけられなかったこっちを馬鹿にするようなことを絶対に行う」
「では私がしばらく動画投稿の監視をすればいいですかね?」
「おいおい、あのサイトにどんだけの動画が投稿されているのかしってるのか? 見落とすだろ、絶対」
と半ばあきれ気味に針山さんは突っ込むが。
「できますよ、言ってしまえば動画だって電子情報の集合体です、確認するだけなら一瞬もかかりません、一コマたりとも見逃しませんよ」
「改めて思うけど淡雪は性能とんでもないな」
と、どこか自慢げな表情でこちらを見ながら。
「頑張り屋ですから」
「その代わり燃費は悪いがな」
「もぅ!!」
と言いながら二枚のレンズを取り出し操作を始める。
本格的に始めたらしい。
「というわけで、山上はそろそろ行った方が良いんじゃねーか?」
「そう、ですね、よく考えたら早朝でしたし」
「私は流石に帰れないですね、向こうはまだ情報インフラが復旧しきってないので」
という言葉を聞いて、軽くうなずいてその場をあとにした。
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あの後、自動操縦で帰りながら寝たのでそれなりに体の疲れがそれなりにとれた状態で帰ってこれた。
異臭騒ぎがあった翌日ということもあって、全校朝礼から始まる。
ちなみに道路はほぼ復旧させて、完全に家が焼け落ちた家庭以外はブルーシート等の応急処置で何とかしているらしい。
無駄に長い話を聞きながらあたりを見ると、疲労が見て取れる人間が多いがほぼ全員がいる。
安逹 佳純以外だ。
そのことを思うと少し気分が重くなる。
俺を除けば、出してしまった犠牲者は全員が安逹の関係者だ。
しかも話では精神が不安定で、暴れたせいで隔離病棟に入っているらしい。
そしてなじられたことを思い出す。
死なせてほしい。
そう安逹は言っていた、相当ひどい殺され方をされてしまいそのように思ってしまうことは仕方がないと思う。
でも、せっかくなので生きてほしいというのはあくまで他人でしかない俺の自分勝手なのだろうか?
そんな答えの出ない思いが巡る。
今までは目の前の化け物の事を考えればよかったが、今はそいつがいない。
相手が動くまでは何もできない状況が余計な考えを加速させている気がする。
そんなことを考えている間に朝礼が終わる。
早速授業、というわけではなくどうやら今日は朝礼だけを行い本格的な高校の再開は明日からになるらしい。
そういえば。
とそこで思い出すのは橘の話だ。
普段ならこういう時に特に用事もないのに絡んでくるはずなのだが今日はえらく静かにして、さっさと帰っている。
気にしすぎか、と余計な考えを払って歩き出した。
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家に帰る途中いきなり連絡が入る。
[山上さん!! 緊急事態です、『嗤い面』が動画を投稿しました!!それも大量にです!!]
[それを見た人間はどうなる?]
一呼吸分の時間をおいて。
[凶暴性や残忍性が増します、それもたちが悪いことに自分より弱い存在に対してです]
その言葉を聞いて血の気が引く。
弱い存在、という定義がどこまでかわからないがいきなり暴れだす人間が大量に出始めるのはまずい。
[しかも、それは長い間続き、その間に対象への性的欲求が増していくと思います]
[運営への通報は?]
[見た目はごく普通の動物映像や衝撃映像などです、ただ見れば見るほど見た当人の残虐性が増していきます]
[自分手を汚さずってわけか]
心の中で舌打ちする。
[とりあえず私の方で何とか見る人を少なくできないかやってみます――そして、一つ分かったことがあります]
[なに?]
[動画投稿サイトに逃げたのはコピーです!! 本体じゃないです]
疑問に思ったので聞き返す。
[どうやって分かった?]
[見つけて倒しているのですがどの個体も思考ルーチンが全く同じです、ある時間になったから動画を自動生成し投稿し続けるというごくごく単純な思考ルーチンです、逃げる様子もないです]
[なるほど……、くそっ!!]
となると知らないうちに逃げられたらしい。
二度もしてやられたことにいら立ちを隠せない。
[針山さんには?]
[すでに連絡済みです、というかお隣です、あ、と伝言です、無理するなよ、とのことです]
[それくらいなら電話をすれば――、今針山さんスマホも持っていないか上に]
思い出してみれば今ここは情報のインフラが復旧途中なのだ。
連絡がつくはずもない。
[じゃあ、了解と]
[わかりました]
そこで少し気になったことを聞く。
[そのコピーがアップグレードされた様子は?]
[全くありません]
[うーん?]
何か引っかかる。
たくらんだことが阻止され続けているなら何か行動を起こすはずだ。
なにも行ってこないのは不気味だ。
[淡雪はなにか他に気付いたことは?]
[ええ、と、ですね]
そこでいったん言葉を切り。
[逃げる様子が全くないのも気になります。]
なにか引っかかる。
あと一歩で答えが出るのにつながらない。
そんなもどかしさだ。
[ちょといいか?]
[OKです]
間髪置かない了解に苦笑しながら、頭の中を整理するために話し続ける。
[『嗤い面』が最初に出てきたときは、ほんのすぐ近くいたけど、いなかった]
[ええ、そうです。 電子情報として針山さんのスマートホンの中に]
そう、あの時は確か――
繋がった。
疑問がつながったのだ。
[見つけた!!]
[え?]
急いで俺のスマートホン、情報インフラが復旧されていないせいで圏外になっているスマートホンからSIMカードを抜き取る。
[最初から俺のスマートホンに居たんだ!!]
[どういうことですか?]
答え合わせと同時に考えを整理するために話し始める。
[あの時針山さんは電話を受けた、つまり相手がいないといけない]
[あ!! あの時針山さん以外に近くにいて電話をかけることができる端末を持っていたのは――]
なんの反応も返さないスマートホンをにらみながら続ける。
[俺だ]
さらに続ける。
[そして動画を投稿し続けるだけの出来の悪いコピーしかおらず、アップデートがされないのは――]
[災害で情報通信が満足に回復していない場所にオリジナルがいるから、ですか]
うなずく。
そうして余計なことをされないうちに電源を落として行動を封じようとして――
[あ、電源を落としただけだと完全じゃないので、バッテリーを物理的に切り離した方が良いと思います、網膜に破壊箇所を映します]
[なるほど、確かに]
そこで舌打ちがスマートホンから聞こえてきて『笑い面』が写る。
いままで息を殺していたらしい。
何かされる前に見えている通りに破壊する。
[よし、あとはこれを淡雪に渡しに行けばいいのか?]
[ええ、それで解決です]
一息つく。
今日は相手の化け物――『嗤い面』がこっちをなめていたから何とかなった。
段々と絡め手が増えているが、とりあえず今日をしのげたことに素直な喜びをかみしめる。
[よしっ!!]
と心を奮い立たせて空へと飛んだ。
明日もよろしくお願いします。