卯月廿二日
間に合いました。
「アレルギー……ですか?」
解析を任せた研究施設から上がってきた報告は驚くべきものだった。
宮崎県知事も同席している会議室がにわかに静まり返る。
それまでは方々から上がってくる報告をさばいて対処と次への対策などの喧騒が嘘のようだ。
通信の向こうの相手の声には手掛かりといえるものをようやく手に入れた達成感がある。
「発症があまりに早すぎるその疑問が突破口の一つでした」
肯定や否定それらの言葉こちらに集まっている面々から出る前に機先を制して声を張り気味に聞き返す。
「もっと詳しくお願いできますか?」
「あ、はい、細菌やウィルスなどの感染症が発症するのは十分に増えたときです、感染後即発症するようなことは原理上起こらないのです、家畜に広まってすぐにそれこそ三十分も経たないうちに人に強烈な症状が発生するなんてありえない」
出席者から、でも現実に起きているじゃないか。
という反論が出たが、それに対してはっきりと答える。
「ええ、つまりその早さで症状を発生させることができる可能性がある物を洗い出した結果、アレルギーの可能性が高いことが分かりました」
周りの年を召した方にはどうにもピンと来ていない様子だ。
アレルギーを好き嫌いの延長線上に思っている世代というのもあるだろう。
「確かにアレルギーはアナフィラキシーショックによって死に至る可能性もある症状ね」
少し考えこむが聞いてみる。
「アレルギーということは抑え込むことも可能ですよね? 身体への影響を考えないなら」
「ええ、事実ある種の抗アレルギー薬は覿面に効果を発揮しました」
室内がざわめく。
口々にこれで解決だ。
と非常に楽観的なことを口走るが――
「まずいことになりましたね」
「ええ」
水をかけられたように静まりかえる。
アレルギーは緩和することはできても完治が非常に困難だ。
薬で抑え込んだとしても大元のアレルゲンを絶たないと再発する。
それどころか重症化する可能性もある。
薬に対しても耐性ができてドンドン量を増やす必要がある上に――
「そもそもそれだけの量があるはずがない、一般的ではあるけれどかなりきつい薬なのでしょう?」
「そうです、倒れている人に投与できる十分な量がない、備蓄しているはずがない」
沈黙が満ちる。
解決の糸口が断たれたような気持ちでしょう。
この手の会議で事実の確認を行っているだけでネガティブな意見であると考えられるのはよくあることですが、これが非常に面倒くさい。
話が全く前に進まなくなるのは勘弁なので会話を進める。
「アレルゲンの特定はすみましたか?」
「人間に現れた最初の症状が咳ということから判明しました、喉から気管支にかけて吸着していたある種のたんぱく質が原因だと思います」
「たんぱく質ですか? それがここまで広がるなんてありえるのですか?」
その疑問にすぐ返答がかえってきた。
「BSE牛問題で話題になったプリオンというものがあったと思いますが、それを悪意でもって改造したような能力を持っています」
一つ咳払いが入り説明が始まる。
「このたんぱく質――仮にP-1としましょうか、P-1は水にとても高い親和性を持っています、それこそ呼気に含まれる水蒸気に溶けることができるほどです、そしてそれは周囲のたんぱく質を変成させて――早い話が自分と同じP-1を作りあげます、これは細胞分裂とは比べ物にならない化学反応の速度で伝播します、最終的な増殖速度は細菌やウィルスに譲りますが初速なら圧倒的です」
なるほどと思う。
フライパンに生卵を落とした様子を思い浮かべる。
落とされた卵はあっという間に硬くなってしまう。
「そうしてある程度増殖したP-1を、免疫細胞が排除しようとしたときもう一つの能力が発揮されます」
ここで一度言葉を切り、
「免疫細胞が健常細胞への攻撃を行うように変成させます、こうなった免疫細胞――これをP-2としますがこれが強烈なアレルギーを発生させる原因です」
「無秩序に体内に攻撃を行う免疫細胞ですかぞっとしませんね」
そう呟いた声は静まり返った室内に響く。
するとある人が――
「で、対処法はあるのかね!!」
と少し頭に血が上った叱責に近い言葉を出す。
すると気安い様子で話す。
「あまり大量でないなら市販のごく普通の空気清浄機で十分除去できますし、水蒸気に溶けるので早い話がカラッカラの部屋にすればシャットアウト可能です」
おぉ!!
と今度こそ快哉が上がる。
それは結局この部屋は守れるが、現場では意味がないということに気付いていない様子だ。
そのことに少しげんなりするが、ここがねじ込みどころだろう。
「ありがとう、詳しい話はあとで聞きますね」
にっこりと笑みを浮かべてこの場の人間に向かって提案する。
「それでは十分に安全が確保できる場所を用意しますので、この事件についてこまごまとしたことは任せていただけますか?」
知事は特に疑問に思うことなくうなずいた。
「おーう、存分に取り計らってくれ」
言質はとった。
多少足りないが、今までの様子から安全な場所に引きこもれるならしばらく大人しくしてくれるだろう。
「では存分に」
相手は海千山千の政治の猛者だ、普段ならこんなことは通らないだろうが確かな安全地点に移れるというのは目を曇らせる。
これは私自身も気をつけないといけませんね。
と胸の内で呟きながら部屋をあとにする。
存分に取り計らってほしい。
その無理筋な主張が気づかれるまでか、政府のもっと上の人が来るまでは自由に采配が振るえるというのは事件を速やかに収束させる起爆剤だ。
エレベータの鏡に映る私はかすかだがある種の意地の悪い笑みを浮かべていた。
明日も頑張ります。




