4月8日
何とか間に合いました。
地震により建物等への被害は大きく出たが、幸い人死にはほとんど出なかった。
そのことに感謝しつつ、避難先の学校体育館に入るとブランケットが配布され。
疲労が限界だったので建物の隅で包まると眠ってしまった。
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目を覚ますとすっかり夜になっていた。
近くで横なっていた幸次さんもその気配を感じたのか目を覚ます。
「おはよう、というには遅い時間ですね」
「だな」
と、どこか憑き物の落ちた顔で返してくれた。
なんと切り出そうか悩んでいると、幸次さんが身を起こして。
「少し外で話そう」
「ええ」
うなずいて他の人を起こさないように気を付けて外へと向かう。
校庭には体育祭などで使うテントが設営され、急場の対策室になっているようだ。
それを横目に人目がない場所へと向かう。
「最近様子がおかしかったのは、アレのせいか?」
確証が欲しいのか問いかけてきた。
だから素直にうなずく。
「そうか」
幸次さんもただゆっくりとうなずいてくれた。
少しの間、二人とも口を開かず静かな空気が流れる。
だから意を決して頼み込む。
「幸次さん、家に戻らせてほしい」
「そうか――」
と同じようにうなずいてしばらく空を見上げて、こちらを見る。
「構わんが、今火事で焼け落ちてるぞ」
「あ、しまった」
くく。
と幸次さんから笑いが漏れた。
それにつられて笑ってしまう。
「幸次さんがどんな過去を持っているかしっかり聞いたのは初めてな気がする」
「そう、だったかもしれないな」
少しだけ遠い目をしているのが見える。
「姉とその旦那、ついでおふくろとおやじも一気にいなくなって、奥谷を引き取ろうってずいぶん無茶したよ」
「だったら意味がないなんてことはない、おかげで俺はまっすぐ育つことができた」
少し前までは目を見て話すのが苦手だったが今は気負いなく行えていることに気付く。
幸次さんは少しだけ照れくさそうにしている。
「だといいがな」
そこで何かを思い出したかのように問いかけてくる。
「ところでいつの間にあんな格好をするようになった?」
「それは、話せば――」
といったところで気づく。
こちらの様子をチラチラとうかがっている淡雪が居るのが見える。
だから手を振って呼ぶことにした。
一瞬驚いた様子だが、いそいそとこちらに駆けてきた。
「淡雪に会った時からあの格好ができるようになった、かなり荒唐無稽な話だけど、全部話すことにする」
ああ。
と幸次さんがうなづいてくれたので話すことにした。
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「にわかには信じがたいな」
ノスタルジストという名前こそ出さなかったがここ最近続いている事件にかかわっていることを話した。
最初は半信半疑だったが、話しているうちにどうやら信じてくれた様子だ。
「しかし、突然始まった地震はともかく、そのあとの人型の火を見たらある程度は納得するしかないな」
「いままで話せなくて、心配をかけてごめんなさい」
「私からも謝ります、私が至らないせいで」
二人で頭を下げようとすると、幸次さんはそれを手で止めた。
真摯な声で幸次さんは淡雪へ礼を伝える。
「こちらこそすまん、言えるはずないなのにな……淡雪さんでしたか?」
少々びくつきながら淡雪は向き直った。
そして幸次さんは深々と頭を下げる。
「奥谷を助けてくれてありがとうございます」
「そ、そんな――」
そこでいったん言葉を切って。
「いつも助かってますから、今日――もう昨日ですね、昨日も奥谷さんが居なかったら東京の方が間に合わなかった可能性が高いですし」
「東京?」
怪訝な顔をされたので、そういえばと思い出して淡雪に質問する。
「そういえば東京の事件って……」
「想像されている事件でした、うまく犠牲者は最小限に抑えられたのですが――」
何でもないことのようにつなげてきたのはとんでもない言葉だった。
「万引きというか、火事場泥棒というか、おなかが空いたのでお土産を食べてたら逮捕されちゃいまして」
「え? まさかそこまでとは……」
「だとしたら困るな」
二人で渋い顔をしながら話す。
その顔を向けられた淡雪は慌てて否定してくる。
「ち、違いますよ、ちゃんと釈放してくれましたよ」
顔を真っ赤にしながら。
「代金はちゃんと置いてあったのを確認してもらったら、厳重にお説教を受けるだけで済みました」
「ならいいんだけど」
「まぁ、毒ガスの中走り回っていた不審人物ってことで警察の方は確保したがってましたけど、何やら話し合いの結果現場では見なかったことにしてくれたようです、化学テロだけでも手いっぱいになってしまう状況だとかで」
少し引っかかる話だ。
「なにか情報ってあるか?」
「それが全くなかったのです、」
嫌な予感がしないこともないが、できることがないので頭の片隅追いやる。
「ともかく朝になったら家の片付けから、ということかな?」
「そうだな、人的被害はそこまで大きくはない、やるべきことをやるぞ」
そしてもう遅いが避難所に戻り朝まで過ごすことにした。
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「これは捨てて、こっちは残して――」
まだ使えそうなものだけは残してあとは表に放り出し続ける。
幸次さんは家にあった蓋ができる入れ物をかき集めて水の配給を受けに行っている様子だ。
すると能天気な声が聞こえた。
――もうずいぶん久しぶりな気がする。
「いよぅ!! 山上、大変そうだなぁ」
「橘か? そっちの家はもういいのか?」
「あん? まぁな」
と曖昧な表情でごまかしてきた。
汗をぬぐい、聞き返す。
「何かあったんだな?」
「まぁ、おふくろがな」
そこで言いにくそうに言葉を切ったのでこれ以上は無理だと思い別の話題にする。
「そういえば学校の再開時期って――」
「早ければ明日らしいな、人命への被害は少なかったとかで」
道路は様々な場所で亀裂やらはあるがそれ以上崩れる様子はないという話がでているらしい。
まるで元からその形だったように。
「あ、そうだ学校で思い出したんだけどよ、感謝しろよ安逹の件だ」
どうやら誤解は解けていないようだ。
今の俺は淡雪一筋なんだがな。
と思いながら、先を促す。
「看護師を殴って脱走して、今度は隔離病棟に入れられたらしい」
「うわ」
ひどい影響が出てしまっている。
淡雪にあとで相談しようと思っていると――
唐突にスマートホンが鳴り出す、がその音程はでたらめな不協和音が響き
「新元号は平成に閣議決定しました」
と、唐突に聞こえて切れた。
だから淡雪がいると思われるホテルへと走る。
「すまん、話はまた今度、ちょっと用事ができた!!」
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向かう途中で171の伝言サービスを通して幸次さんに出かける旨を残しておく。
その間に淡雪と合流できた。
「場所は!?」
「この街です!! というか街全体です!!」
「え!? 街全体!?」
あまりに突拍子がない範囲に思わず聞き返す。
「本当に?」
「ええ!!」
と、数呼吸して。
「おそらく食中毒です、平成八年に前代未聞の規模で集団食中毒が発生しました」
「っ!? 被害は軽いとはいえ、道は寸断されている、こんな状況で食中毒が起きたら大惨事だ」
病院に運び込もうにも車もつかえない状況だ。
まるで狙っていたかのような最悪の事件を引き起こされる。
唇をかみしめいら立つが、すぐに深呼吸をして落ち着くように専念する。
「率直に聞くが今日は大立ち回りは?」
「おそらくありません、いるならそのクリーチャーを見つけて倒せばいい、ですが――」
「いないから広範囲の食中毒を発生させる汚染源に変質したものを探し出さないといけない、ということか」
淡雪はうなずいた。
つくづく悪意のある動きをする相手だ。
少し考える――するともう答えは出ていた。
「水だ!!」
炊き出しも怪しいが、この街に広く行き渡る物と考えたら水の方が可能性は高い気がする。
「炊き出しや食料の配給もあったら一応確認を取ります!!」
「よし、じゃあ早速――」
どうすればいい?
いきなり出てきて、水や炊き出しが汚染されているなんて言ったとしても誰も信じないだろう。
「どうすれば……」
焦るばかりで名案が浮かばない。
このままではみすみす大量の食中毒患者が出てしまう。
と、そこでとんでもない考えが生まれる。
「配給された水や炊き出しを廃棄、破壊させにいくとか力づくで」
「さすがにそれは……デマでも流しますか?」
「この状況で無責任なデマを流すとそのせいで死人が出る」
刻一刻と時間が過ぎてゆく。
「食中毒の人間を片端から治療していくとか?」
「手が足りません、むぅ、せめて食欲がなくなれば被害は抑えられるんですが……」
――食欲を抑える。
ひらめいた。
「そうか!! 食欲が抑えられた状態なら、水や食料を口にする人が減るから被害者は減らすことができる」
「どうするんですか?」
「周りがすごく臭くて、食料も臭う状態でそれを食べようとするか?」
何かに気付いた顔をした。
だから俺も思ったことをそのまま伝える。
「集団食中毒が起きるのは今日じゃないといけない、だったら同じ水や食料でも明日に食べるなら食中毒にならないんじゃないか?」
「断言はできないですが、確かにそういう考え方はできると思います」
となると臭いものをこの街が満たされるくらい探す必要がある。
そこで、おずおずと淡雪が手を挙げる。
「物質の合成はできるので任せてほしいのですが」
「が?」
「明日まで絶対に外骨格を脱がないでください」
「は?」
意味が取れないので固まっていると、淡雪は指を差し出してきて――
「ぅぁっ!!!」
臭い、を通り越して刺されたような刺激が来る。
いや、強力なにおいの刺激が痛みに近いものとして脳が認識したからだ。
言われた通り強化外骨格を着る。
「理解した、これは、臭い、強烈に」
「詳しい説明は省きますが、かつてとある国で事故でこれが漏れたそうです、そうしたら風に乗って海を渡り向かいの国で健康被害が出たほどの匂いです」
「そんなものをばらまいて大丈夫なのか?」
「一応都市ガスに含まれているので大量に吸い込まない限りは悪影響は出ませんが――」
どこか釈然としない様子のまま宙に浮かんだ。
「ぅぅ、昨日化学テロを止めたのに、今日化学テロ行うのは流石に心に来ますね」
泣きそうな顔になりながら淡雪は空へと飛んで行った。
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「ごめんなさーい」
謝る声が聞こえる。
かいだ俺は断言できるが、あの匂いのなか食事を行うなんて不可能だ。
吐き気がするなか食事はできない。
「本当にごめんなさい」
昨日の地震までは日常だったため、いきなり生死の境に行っている人がいないのが不幸中の幸いだろう。
病院の患者は確かにまずい人もいるだろうが、食中毒には特に気を付けている施設のはずだ。
起きないことを祈る。
しばらくすると淡雪が戻ってきた。
「ぅぅ、やってしまいました」
「あとはそれでも食事を口にして食中毒になる人がいるだろうから、その人を探して病院に送る作業だ」
「効果があればいいんですが……」
最低限異臭騒ぎが起きているのだ、原因を特定するために様々なものを確認するはず。
その間に水や食料に問題があると判明するかもしれない。
確実ではないし、的外れだったかもしれないがやるだけをやるしかないのだ。
淡雪は気を持ち直したのか真剣な表情でドローン群に指示を出して街中の監視を行い始めた。
今日もまた長いだろうな。
と思い伝言サービスに電話をすると幸次さんから連絡があった。
くさいのはお前たちの仕業だな?理由次第では帰ってきたら説教だ。
というぶっきらぼうながらも心配している様子がうかがえる伝言が入っていた。
心のなかで謝りながらイチかバチかの賭けに全力で挑むことにした。
明日も頑張ります。